「赤也ー頑張ってー!」
「おー!」


この、毎日誰もが呆れ、苦笑する 見慣れた光景も
俺にとっては

日々、“ソレ”が募る要素にしかならなくて


「もうすぐ終わるから、待っとけよー!一緒に帰ろーなー」
「うん!」


ソレ――― 嫉妬は ただ、募る。










甘いケシの実を食べたのは誰?


- 前編 -











「お前さあー…いっつもあんなバカップルっぷり振りまいてるわけ?」
「狽ミどっ!ブン太先輩それちょっと酷いっスよ!」
「事実だろぃ?」
「柏ヤ也ショック!!」
「…馬鹿なこと言ってねぇで早く行ってやれよ。待ってんだろ、彼女」
「…うぃっす」


こんな、発言。

自分を苦しめるだけのものだとしても、本音を隠すカベにするには充分な言葉だった


「じゃーお先。俺帰るわ。今日の晩飯俺の好物らしいから」
「おーブン太お疲れー」
「お疲れさまっス」
「…赤也。……泣かすなよ」
「…うぃーっす」


ぱたん。

部室の扉を閉めて、少しだけ暗がりの広がる空を見上げてみた
薄く、月が見える。


「…あ、」


横から小さく声が聞こえて、其方を向けば…
テニス部内では有名な存在が、少し間抜けな顔をして突っ立っていた。


「ブン……丸井、先輩…」


ざわざわ
戸惑いがちに紡がれた俺の名前に 騒いだのは、風に揺らされた木々か  それとも俺の胸か


「……“赤也の彼女”じゃん  何やってんだ?こんなとこで」


声が震えなかったことに 俺は内心、かなりホッとした


「っ!……赤也が…来るの、遅いので…どうしたのかな、と 思って」


どこか伏せ目がちで控えめになっている彼女を見て、唐突に思った事があった

あ、違う

何が?なんて  言わずもがな、態度だ。
部活中の赤也への声援や、赤也と談笑している時は、とても明るく元気なのに
今、目の前にいるこの少女は…まるで違う

それがなんだか、苛立った


「…なら、さっさと赤也連れて帰れば?ココ、部外者立ち入り禁止だからな」
「っあ  すみません…!」


そういうと、少女は刹那、頭を下げて、部室の扉を叩いた


「( …八つ当たりだな  こんなの )」


部外者立ち入り禁止というのは、本当だけれど
少々、…いやかなり 言い方がキツかったかもしれない。


「( あの子に、非は無いのに )」


あるとしたら、あの子を長時間待たせた赤也だろう。
そういえば、俺含め、部員達と長く談笑していた気がする


「( …泣かせたら、殺す。 )」





きっと、あの子を好きになったのは、赤也よりも、俺が先。


確証はないけど、多分 俺のが先だ





初めて見たのは、図書室。
何でか知らんが気付けば図書委員にされてて、図書当番で今まで無縁だった図書室にいたとき


「あの…貸し出しお願いできますか?」


さっきと同じように、控えめに声をかけてきた。
俺が面倒臭そうに貸し出しの為の作業を始めると、とてつもなく申し訳無さそうに眉をハの字に曲げていた。
それが、凄く面白くて、…可愛くて。
一週間おきに現れる彼女を、いつしか待っていた
俺たちの仲も、校内ですれ違った時に挨拶するくらいにはなって。

…それが、中学二年の頃の話。

中三になって図書委員じゃなくなって、彼女との接点が無くなってしまって。
その時の、胸に穴がぽっかり空いたような感覚に陥った時、あ、俺はあの子が好きだったんだって気付いて…
告白しようかと思った
でも、まだ時じゃない。もっと仲良くなろうと思って、教室にまで行って、一緒に昼飯食ったりして
友達と呼べるくらいには、仲良くなった。
その時の彼女は、今の赤也に対する態度みたいに、明るかった。
…でも、ある日 急に彼女の態度が余所余所しくなった。
何でかな、と思ったけどその時は特に聞かなかったけど…一ヶ月くらい経って、問い詰めて
彼女が赤也と付き合い始めたと聞いて、俺は…

今みたいな、冷たい態度を取った…、気がする。

気がするってのは、まぁ正直その時ショックがデカすぎてあんまし覚えてないっつーか。


…それから彼女の態度が初対面の時のように戻ったことは よく、覚えてるけど。


「…俺が悪いんじゃん」


だから、俺はあの2人を見守ろうと思った
応援することは無理だから…見守ろうと。

けど、それさえも上手くいかない


「…最低だな  俺」


小さく呟いて、1人 少し肌寒い夜を歩いて家へと帰った










翌日  昼休み


「へっへー 限定パン勝ち取ったりー!」


購買で、一日限定10個の美味パンを勝ち取った俺は、教室に戻るべく1人 廊下を歩いていた。
いつもはそれなりに鬱陶しい黄色い声や視線も、上機嫌で気にならなくて。
ふ、と見た階段の踊り場の窓から、赤也と彼女が見えたときなんて…
驚きで、パンを落としてしまった


「あ  パン…」


いつもなら多分、騒ぎ散らすと思う。
でも、今日は「まぁ袋まだ空けて無いし」と冷静に思い拾って、また 窓の外を見た
この階段の窓から見えるってことは、場所は裏庭だ。

…多分、これも…いつもなら見てみぬフリをして教室に足を進めるところだけれど。


「っ――…赤也――ごめ……なさ…!」
「俺――っだと思っ――…だよ!!」


こんな  雰囲気でなければ。


「( …赤也の野郎…っ! )」


パンをポケットに無理矢理押し込んで、走り出す

目指すは裏庭。





「いい加減にしろよ…!俺はお前の彼氏なんだよ!そんでお前は俺の彼女!
 それを認めたのはお前だろ!?」


ブン太が裏庭に到着した時に 聞こえた声
それは思っていたよりも緊迫して…切羽詰っていた


「っ…ごめ、なさ…」
「ごめんなんて聞くたくねぇ!」
「ごめんなさい…」
「ッ…」


赤也が、腕を振りかぶった。
少女が 反射的に目を瞑る



「っ…!」



バキッ



鈍い音

その直前に聞こえた声に、少女―― 、そして赤也は瞠目する


「ブン太…先輩…」
「ブン太先輩…!何で、アンタが…」
「…赤也…を、泣かすなって…言ったろぃ…」
「ッ…」
「ブン太先輩…どうしてっ…」
…、……」


お互いに 呼び方が前の様に戻ってしまっていることに気付きつつ、
ブン太も、そしても直そうとはしなかった

泣きそうな目で見上げてくるにブン太は優しい笑みを送る。
どうしてという言葉への返事を、


抱締めることで、返した 。


「っブン太…せんぱ…」
「……赤也。」
「…何スか」
「もう1つ加えといてやる。を泣かすな。傷付けるな。…傷付けるなら…俺が、奪う」
「「 ! 」」


ブン太はを放し、踵を返した
そして背を向けたまま、


「覚えとけよ  赤也。…も、な」


そう言って、ブン太は足早にその場を去っていった。
その言葉に、赤也は下唇を噛み、は…ただ、赤面し 目に涙を浮かべていた。



「…誰よりを傷付けたのは…誰だと思ってんだよ…」



その言葉はブン太の耳には届かずに

の耳にだけ、風に乗って聞こえ、は…


そっと、涙を流した














END





06/08/27 08/01/09修正

1周年御礼企画 秋月 椛様リクエスト。

…以来は「甘」、だった気がするんですが…!?
何だろうこのシリアス一色。
後編は甘くする予定なのですが予定は未定。予定は希望でもあります頑張ります

超絶駄文ですが、椛様に捧げますっ…!

1周年、リクエスト、有難うございましたっ

椛様のみ苦情可。

             By 紫陽華恋