1月10日  午後三時

「よぉーっす!!」
「あ、森田じゃん。お久ー。っつか、あけましておめでとーう」

前方から凄いスピードで接近してくる、かれこれ半年振りの人物の姿を見て、(今度はロス行ってたんだっけ?)
は別段懐かしむでもなく、ただ またか、と苦笑を洩らすと、新年お決まりの台詞を口にした





A Happy new year
         - Honey and clover -





「新年会やるぞ!今日!」

の言葉を無視して、森田はの肩をがっと掴み、ガクガクと首を揺らす

「はぁ?そんなっ、また。急に、準備できな いでしょ…っつか…放せ…っ!」
「メシならここにある!」
「っそれ、明らか…デパ地下の限定、せんべいっじゃん……てか、だから放っ…」
「ついでにまんじゅうもあるぞ!」
「あるぞじゃねぇえっ…いい加減、しない と…」
「羊羹もあるぞ。はどれが一番好きだ?…?」
「いい加減…放せっつーとろうがああああああああ!!
「ぐおうああっ」

の得意技・回し蹴りが炸裂する
かつてない叫び声を上げ、森田は思いきり吹っ飛んだ

「( ああ…お星様が見える…☆ )」

どすーんという音と共に、森田は地面に降り立った。…頭から。

「うわぁ…凄い派手にやってますね。森田さん、大丈夫なの?」
「マイハニーあゆちゃんではないか!元気かいアドモアゼル?」
「( 森田さんへの苛立ちのせいでいつも変なさんがもっと変になってるぅうう )」

どこから出したのか分からない薔薇を口にくわえて踊るは道行く人々の視線を痛く集めていた。
…森田との会話の時点で、すでに注目は浴びていたのだが。

「さぁあゆちゃんも一緒に踊ろう!」
「いやああああああ」
「こらこら、さん。それくらいにして下さい」

半ば無理やりあゆの手をとり踊りだしたをとめたのは丁度ここを通りかかった真山だった。
あゆが王子様の登場に安堵とときめきを覚えているのはさておき、邪魔されたは静かに真山に歩み寄る

「………真山じゃん」
「…あ、正気に戻ったんですか さん」
「まぁね…。ごめんね あゆちゃん」
「いえ」

は森田のところへ歩み寄ると、未だにイってしまっている森田の腹を軽く(←たぶん)蹴った
それでも起きないのでもう一発。
それを繰り返されるうち、あまりに森田が可哀想に思えたので、あゆはに質問を投げた

「あの、それで…なんでそんなことになったんですか?」

そんなこととは、言わずもがなが森田を気絶させるという今この状態のことである。
は「ああ、」と声を上げて、森田を蹴る足を止めた (あゆはホッと息をついた)

「こいつがさぁ?急に今日新年会するとか言い出したわけ。わけ分かんないでしょ。つか無理」
「え、今日!?」
「無理って言ったらメシはあるとか言ってさ、あたしに見せるんだけど
 デパ地下の限定せんべい、まんじゅう、羊羹だし。え 何、あたしたちはジジババと一緒ってか おいコラ
「(( …どっかのチンピラみたいだ… ))」
「何より、肩掴んでガクガクすんのやめろっつってんのにやめねぇから。あー首痛い」
「(( ああ…それは森田さんが悪いな ))」

コキコキと首を回したり曲げたりしている
口は悪いものの外見は中性的で整った顔立ちをしており、美人だ。かなりモテる。
声もそれなりに低いため、ただでさえ中性的な顔をしているのだ。女のファンも多い
は森田よりもあゆよりも、男女ともにモテていたりする。
ちなみに浜美に入学してからというもの、ミス浜美とミスター浜美の座はが頂いてきた。(ミスターもかよ)

首を回したりしている今も、道行く人の視線はへ。
さらりと揺れる、太陽に透けて光る薄い茶の髪が綺麗だ

そのどこか神秘的とも言える光景を、あゆと真山は言葉を失いながら見つめていた。

―――の怒声を、聞くまでは。

「おいコラ森田ぁああ!起きてるじゃねぇか!さっさと立てや!」

首根っこを掴まれ無理やり起こされた森田も、実はあの神秘的な光景をぼけっと見つめていた一人である。
今はハッとして、一生懸命逃げようとしているが。

「と、とりあえず…ほんとに新年会するんだったら、一応メンバーに伝えないと」
「…ほんとにするんだね?森田」
「( コクコク )」
「じゃあ自分で伝えてきなさい。えーと…はぐっちと、竹本と…もちろん、花本せんせー、だね?」
「ああ、そんなところだと思う」
「じゃあ…場所はいつものところ、時間は夜7時。この三人に伝えてきな」
「ラジャー!!」

森田はさっきまで死んでいた人間とは思えないほど小学生の如く元気よく返事をすると、ははははとその場を走り去った。
残された、あゆ、真山の三人はため息をつく

「ったく…あいつはいつまで経っても問題児だなー…」
「(( あなたもだと思います、)さん ))」
「とりあえずあたしは準備しに行ってくるわ」
「え?森田さんがやるんじゃ…」
「あはは、あいつはそこまで気が回らないよ。こういう仕事はあたしがしてやんないとね」

がふっと笑い歩き出そうとすると、真山は慌てて言葉を返した

「あ、はい分かりました。じゃあ俺たちは残りのつまみとか飲み物の調達いってきます」
「ああー…、これ持ってきな」

は思い出したようにポケットから何かを探り出し、真山の手に置いた
真山とあゆがそれの正体の覗き込むと―――

「に、2万円…?」
「さっき森田の尻ポケットから抜いた。」
「「 え 」」
「まぁ森田のことだから後で気づくだろうけど、自分で言い出した新年会のためならあいつも納得するっしょ」
「は、はぁ…」

それはスリじゃないのか?…とは言えなかった。

「今度こそバイバーイ。またあとで」

颯爽と去っていくを見届け、真山とあゆは反対方向に歩き出す

「…さんと森田さんって…」
「…ああ」

『こういう仕事はあたしがしてやんないとね』
そう言って微笑んださんは、とても輝いていた。まるでそれが、自分の本当の存在意義だとでもいうように。

「あの2人って、付き合ってるとかじゃないんだよね?」
「ああ…強いて言えば親友以上恋人未満?むしろ、家族に近いんじゃないか?」
「家族…」
「あの2人、入学当時からずっと一緒にいたらしい。
 喧嘩は勿論絶交だって何度したか計り知れない。それでもずっといるのは…もう、それが当たり前だからじゃないか?」
「当たり前?」
さんがいるのが当たり前、森田さんがいるのが当たり前。
 ―――むしろ、いなきゃいけない、ってとこまできてるかもしれないな」
「…それはつまり?」

いまだに理解できないあゆに真山に小さく溜息をついてから、再び口を開いた

「その人がいないと、生きていけないってこと」

あの2人は、見ていて分かる。
2人でひとつ。森田さんができないことはさんが、ができないことは森田さんが。
互いに信頼し、補いあって、支えあい生きている。

大袈裟かもしれないが、2人を見ていると、本当にそう思う。

「…さて、あの2人のことは置いといて。今日の買出しについて考えよう」
「…うん」

あの2人は、たぶん 愛し合っているんだ。
それは俺が里佳さんに向けているものでも、山田が俺に向けているものでもなく。

互いが、幸せになればいい。

互いに恋人ができることはつらくない。むしろ、嬉しいこと。

『君が嬉しいと、僕も嬉しいんだ』

安っぽい恋愛小説で見かけるような、恥ずかしい台詞。
あの2人には、あまりにも 似合いすぎる言葉だった。










午後七時


コンコン

「失礼しまーす… パンパンッ ぅわっ!!
「「 ようこそ〜 」」

やってきたのは、竹本だった。
待ち構えていたと森田がクラッカーで迎える
それを花本が苦笑して見守り、竹本は驚きのあまり涙目になりながらに指定された席に座った

「これであとは、はぐっちと、はぐっちを迎えにいったあゆちゃんだけだね?」

は森田に問いかけた
しかし森田はの言葉など耳に入っていないのか、はぐの驚いた顔を撮るべく、カメラを弄っていた。

「聞いてんのか森田っ」
「後にしてくれ。今コロボックルの驚き顔を如何に上手く撮れるかの研究を…」
「うっわ うぜー!」

見慣れた光景に、花本、真山、竹本の表情は緩む

今年も、楽しく一年をはじめることができそうだ。


コンコン

ついに、最後のノックが。
はクラッカーを構え、森田はクラッカーと共にカメラを構えた

「…あけま パンパンッ !%*×△#○□!?」 パシャッ パシャッ

あけましておめでとうとでも言おうとしたのであろう、はぐの言葉を遮り鳴ったのはクラッカー。
案の定、果てしなく驚いた顔をするはぐ。それを嬉しそうに撮る森田。はぐの後ろで同じく驚き、はぐを慰めよう(?)とするあゆ。
十人十色な反応に、は心底楽しそうに笑った





「んじゃあ新年会をはじめまーす」

気のないの言葉に、一人ひとり自分のグラスを持った

「音頭はやはり花本先せ 「僕でしょ!?」 誰だよお前。…森田、あんたがやると長くなるから駄目だ」

暴れる森田を抑えながら、はマイクがわりの焼酎の一升瓶(山田家からの贈り物)を花本に手渡した

「( マイク重ッ )あー…音頭という重要な役割を与えて頂き光栄に思います 「真面目なセンセーきもい!!」 五月蝿い。
 えー…また新たな年となりました。今年も皆にとって実り多い年になりますよう。
 それではグラスを掲げてください。
 ……と森田の卒業を祈って!乾杯!」
「「 乾杯ー 」」
「うわ!何かその音頭嫌!!」


結局新年会が始まったのは七時半過ぎであった。
いつも通りと森田が暴れてくれたからである。

そして、実はと森田は同級生で…たった2人の留年組だ。
いや、留年というのはおかしいかもしれない。確実に4年、5年と学年は上っていっているのだから。

森田の卒業できない理由は卒制ができないからであるが、は違う。
森田が卒業しないから、しないだけだ。
それだけこの2人は、一緒にいる。


「はーぐっち」
「あ…ちゃん」
「ど?美味しいでしょ、デパ地下のせんべー」
「…うん、美味しい…」
「よかった」

はぐはせんべいを頬張っていた。竹本はまんじゅうを、あゆと真山は羊羹を。
ぶっちゃけ和菓子とチューハイは合わない。が、それでもいい。
このメンバーで騒げることができるのなら、なんでもいいのだ

「あ、羊羹も美味そうっすね」
「美味いぞ竹本。いるか?」
「はい、ほしいっす」

楽しい時間は過ぎるのが早いものだ。
気がつけばもう十時半。

「花本せんせーお酌しましょーか?」
「ああ、頼む」
「ん」
「…それにしても、中身は置いといて、こんな美人にお酌してもらうのは気分がいいもんだな」
「中身は置いといてってのは気になるけど…そうでしょ?ふ、あたしもまだ捨てたもんじゃないな」
「だがお前ももう2ピー歳だろ。そんなことも言ってらんねぇだろう」
「まだ四捨五入して(ギリギリ)20歳だっつの。余裕に30過ぎの花本せんせーにだけは言われたくありませんねー」

は酌を終えると、酒瓶をそこらに置いて、窓際へと近寄った

「…。」
「よぉ美人。辛気くせー顔で何やってんだよー」
「…森田」

やってきたのは森田だった
手にはチューハイの入ったグラス。

「いつもいつも…楽しい時間はすぐに過ぎてくねぇ」
「ああ」
「森田は…よく分かってるよな、あたしの気持ち」
「まぁ、これだけ一緒にいりゃあな」
「…」


いつしか 別れはくるものだ。

今、同じ部屋で共に酒を飲み騒いでいる奴らとも、いずれは 別れる日が。
ならば、今楽しむしかない。

悲しい思い出よりも、楽しい思い出を少しでも。


「ふ…愛してるよ、森田」
「ん、俺も」
「…負けんなよ、花本せんせーに」
「う゛。…ああ、頑張るよ。お前こそ、アイツと仲良くな」

手を繋いで窓の外を眺めていると森田を見て、あゆは今日の買出し中に聞いた真山の言葉を思い出す

『あの2人はな、分かってんだよ。いつか別れなきゃなんない日がくること。
 互いに、たぶん 恋人より大事な存在だと思う。でも、いつまでもそんなこと言ってられないんだ』
『どうして?』
『…大人、だからだよ』

『まぁ森田さんははぐちゃんのことを想ってるし、本当はさんだって恋人いる。たぶん、いたはずだ』
『えぇ?そうなの?』
『ああ。それにちゃんとその恋人と愛し合ってる。だから、あの2人は恋人とか そういうんじゃないんだよ』


『だから、ずっと一緒にはいられない。』


「( 恋人じゃない。だから一緒にはいられない。互いが、自分の恋人よりも大事に想いあっているから。
 本当の恋人が傷つくのは駄目。だから 一緒にはいられない )…悲しいな」

それでも懸命に楽しく生きようとしている二人は ただ純粋に、凄いと思った。










「じゃあ今年の新年会はこれで解散だ。皆、今年もよいお年を!」

花本の言葉に、動ける者は自ら、動けない者は動ける者の助けを借りながら寒空の下に出た

「じゃあ、よいお年を」

真山、そして酔っているあゆが去っていく

「じゃあ僕らもこれで――― 「待って」 …はい?」

竹本が森田をおぶって帰ろうとしたのをが制した
竹本はとりあえず立ち止まる

「こいつ、置いていって。ちゃんと届けるから」
「あ、は はい」

竹本は言われた通り森田をその場におろして、一人でアパートまで帰っていった


真っ暗な寒空の下、は森田の隣に座り、寄りかかった

「…分かってたんでしょ?」

の呟き。闇に消えるかと思われたそれに、言葉が返される

「おう」
「今年が最後だって…分かってたから遅くても新年会ひらいてくれたんでしょ」
「当たり前」
「…」

あたしは今年、結婚する。
春からその人の仕事の都合で大阪に越さなきゃならないから、今年で、浜美を卒業しなければならない。

だから、今年は最後だったんだ

「っ…ぅ…」
「…」

泣き崩れるを、森田は隣から抱きしめた。それでも涙はとまることはない

「俺らさ、もう十分一緒にいたよ。
 ほんとはさ、一生一緒にいてーけど…そうしたら、俺もお前も、相手を大事にできないもんな」
「…っ」
「ほんと、マジ愛してたぜ 
「ぅううううー…森田のあほー…」
「狽ミでぇ!」


このあったかい腕も、やさしい声も、知ってる。ずっと、傍にあったんだ。

でも、もうそれもおしまい。あたしたちは、もう 大人なのだから。


「うう…森田のあほー…だいすきー…」
「俺もだっての。…幸せに、な」





今年も、あなたにとって最高の一年でありますように。





暖かい"最後"の腕の中で、小さく、強く そう願った。





( [ Love Mistake. ] 紫陽 華恋 2周年・300000HIT御礼フリー小説 )

----------この下は切り取ってくれてかまいません----------

2007年のラブミス。年賀企画にて、年賀メールにのみアドレスをのっけて配布したフリー小説。
まあつまり企画に参加した人のみが知る隠された(?)年賀夢ですね
もう1年も経てば時効だろうと30万/2周年の方に入れちゃいます。エヘ。