バレンタインデー…それは恋する乙女にとって一大チャンスであり、戦場でもあり、 そして私にとっては……とても、うっとおしい日であった―――… St. Valentine's Day ( っはあ、はあ… ) 私は、走っていた。否、逃げていた。 立海中の女子の中で最速である、陸上部から何度も何度も勧誘が来るこの足を、 この日ほど愛しく思った日は無い。 目標まで、あと10メートル。5メートル、3、2、1……… バアアンッ 「っだー疲れたああああ!!」 部室の扉を開け放ち、なだれ込むように部屋の中へ。 それと同時に、私は叫んだ。安堵と、そして恨みを込めて。 すると後ろからピッというストップウォッチを止める音と、静かに扉を閉める音が聞こえた。 「ふむ…昨年よりもタイムが伸びている。お前はまだまだ上へ行けるということか」 「…柳…。どこへ行けってのよこれ以上。もうやだ、まじ、無理」 「紙袋が2つ、か…。周りも学習したものだな」 感心したように、呟くように言葉を紡ぐ柳に呆れていると、背後に気配。 「は優しいから放り投げられたモンをそのまま放り出すなんてことできんからのう。 投げられたら受け取る。アイツらも、もうそれを分かっとる。ちったあ非情になるのも大事ぜよ?」 「……仁王…。私の苦労は主にアンタとブン太と赤也のせいなのよ分かってんの!?」 「おーおー怖い顔してるぜぃ。女じゃねーよ」 「うるさいわ!!」 「つか、幸村くんも大分もらってんだろぃ。なんであっちには怒らねーんだよ」 「や、幸村は別、だよ…うん」 「悪く言うんが怖いだけじゃろ」 「うるさいー!!」 ――― 私は、立海大付属中テニス部の、マネージャーをしている。いや、していた。今はもう3年は引退してるからね 3年間マネージャーを努め、そして 3年間 この日は走り続けた。 すべては、レギュラーへのチョコレートを私に託そうとする乙女から逃れるために。 別に、乙女たちが嫌いだとか、うざいとか、バレンタインが嫌いとか、そういうわけじゃない。 ただ、そういうのって自分で渡すべきだと思うわけよ。 気持ちのこもった、とってもとっても大事なもの。 だからこそ自分で渡すべきだと思うし、投げられたら無下になんてできないから受け取っちゃうし。 まあそんな面倒くさいというか、歯痒い役を担わされるのが嫌で、私はこの日が鬱陶しくてしょうがないのだ。 紙袋からチョコレートをひとつずつ出して誰宛てかごとに分けていく作業をしている私に、赤也がツツツ、と近付いてくる なに、と振り向き、言いかけたけど、あまりに赤也の顔が近かったのでびっくりして前に向き直った 正面には、柳の涼しい顔 ( ―――…。 ) 。 「先輩、そろそろ素直にならなきゃ駄目っスよ」 隣に立ち、チョコレートの山を見ながら赤也が小声で話しかけてきた。 「…なに、赤也。やぶからぼうに……出歯亀ならよして」 私も思わず小声で返す 「そんなんじゃないっス。ただ…先輩たち、もう授業もないし…卒業は、もうすぐそこっスよ?」 「…だから」 「他の人の気持ち届けてばっかしてないで…そろそろ自分の気持ちも届けたらどうっスか( やべ俺カッコいい! )」 「…。」 赤也の言葉が、ずしんとくる。 分かってるよそんなこと。3年間、ずっと同じ気持ちだった。 私だって、恋する乙女の1人だから。 バレンタインデーは、一大チャンスでもあり、戦場でもある。でも… 毎年、毎年、彼への想いを受け取って。いつも、こっそり自分の想いを、匿名で忍ばせるのが精一杯だった。 この関係が大好きだった。友達で、仲間で。他の女の子なんかより、ずっと近い この場所が大好きだった。 でももう、ここもなくなる――…いや、なくなっちゃったんだ。引退してから。 高校は同じでも―――私はもう、部活には入れない。バイトを…、働かなきゃ、いけないから。 ( でも…私に、今更 そんな勇気なんて… ) もんもんと考えながら、チョコレートを分け終えると仁王やブン太、幸村や赤也といった、 紙袋の大半を占めていたチョコレートを受け取り主たちに渡す。 そして1コだけというなんとも寂しい、けれども本命だぜオーラ満開のチョコレートをジャッカルと真田へ。 残ったのは、同じくらいの、申し訳程度の、けれども少なくないチョコレートたち。 まずは真後ろにいた男―――柳生へチョコレートを渡す 「いつも有難う御座います、さん。お疲れ様です」 「ううん」 こいつは、紳士だからホワイトデーにはちゃんと全部お返しするんだろうな。 そんなことを考え、そして 最後の1人に。 …いつも、こいつに渡すのが最後になってしまう。無意識に。 それはやっぱり、私がこいつのことを好きっていう、証拠なんだろう 「…はい、柳」 「ああ…ありがとう」 いつものクセというか、なんというか。 いつも通り私のチョコレートも一緒に忍ばせ、チョコレートたちを渡してしまった 開きかけた口を開け、閉じる。開けて また、閉じる。 そんな動作を繰り返していると、チョコレートたちをじっと見つめた後、不意に柳が口を開いた 「―――…この中に お前からのチョコレートは無いのか?」 「っえ!?や、あの…」 刹那、顔がボンっと熱くなる。 なに、急になにを、言い出すんだよこいつは!! 「あると…思うの?」 「……ただの、俺の自惚れか?…やはり、これに関してのデータだけは、主観的にしか捉えられず、 俺の希望とも云える意見が入ってしまうので信用できないな」 「は?自惚れ…?希望…?」 「ならば、はっきりと言おう」 「え?ええ?」 「 …お前が好きだ。俺は、お前からだけ…チョコレートを貰いたい」 「えええええ!?」 なんっだそのまさかの展開ー!!!(もう必死) 「や、やなぎ…」 「…返事を聞かせてもらおうか」 もう、なんていうか。 パニクって、頭がこんがらがって、ここが部室だってことも、みんないるってことも 全部忘れてて。 驚きと、そして 嬉しさに 胸がいっぱいで。 「わ、私も…柳が好き…!え、と、その、…私のチョコレート、一昨年も、去年も…今年も。ちゃんと、渡してた。 みんなの、チョコレートに隠して…」 後から思えば、恥ずかしすぎることをした。公開告白なんて(柳からのことはさておき)。 この時、物音どころか呼吸音さえさせなかったヤツらが憎らしい。 「…そうか、俺のデータは正しかったか…。いつも無名の、シンプルなチョコレート…気になっていたんだ。 そして、こう思うようになった。"であればいい"、と…」 「柳…」 柳はフ、と薄く笑うと、パステルピンク色の包装紙に包まれただけの小さな箱を掴み、再度口を開く。 そこから紡がれるのは――――― 愛の言の葉。 「俺には、これだけがあればいい。 ―――…あとの分は、俺が直々に返してこよう」 「え、でも悪いじゃん…」 「…お前はそれでいいのか?俺が、お前以外の女子からチョコレートを貰い、ホワイトデーにお返しをして…」 「…嫌、だけど」 「なら、問題はないだろう?俺はお前が好き、お前も俺が好きなのだからな」 そう言って満足げに微笑んだ柳に、私は一生勝てないと思った。 なんてったって…好きなんだからさ、惚れた弱みってやつだよね。 そんな感じに、チョコレートを持ち部室を出て行った柳を幸せいっぱいの笑顔で、見送った――――― 「―――なんていうか、青春っちゅうヤツじゃのう」 「そうだね。蓮二もなかなかクサいことを言うじゃないか」 「幸村ぶちょ…じゃなかった、元部長も似合いそうっスよねあんなセリフ!」 「フフ、お前は似合いそうにないね、赤也?」 「バッサリ言いますね…」 「当然だろぃ。お前には普通に似合わねーっての」 「そう言うブン太先輩だって!」 「自分で分かってらぃ!けど、一番似合わないのは…」 「これ丸井くん、やめたまえ」 「そうだぜ、真田が可哀相だ」 「「「 …あ 」」」 「ジャッカル…お前が一番キツイぜぃ。誰も名前は言ってなかったのに…」 「え、や、あの……す、すまねえ真田…」 「…たるんどる!!!!!!!!」 ぽっかーん。 まさに、それだろう。今の私の表情は。 ( こんな感じ→(゜Д゜) ) 「……あ」 「先輩、おめでとうございます!」 「良かったですね、さん」 「…?」 「あんたらねええええええ!!!!」 そんな 幸せいっぱい(?)な 中学3年のバレンタインデー。 |
( [ Love Mistake. ] 紫陽 華恋 2周年・300000HIT御礼フリー小説 )