「…キミ、だれ」 脳裏に焼きついたのは、凛とした背中と、白い牙と、それさえも呑み込む 紅。 ユートピア スウィート ブラッディ 「雲雀さーん!!」 バァンッ 「…ドアはもう少し静かに開け閉めしてくれない?壊れたら弁償してもらうから」 「すみません雲雀さん!…でなくて、 Trick or treat?」 「…は?」 「んもー!『は?』じゃないですよ、今日はハロウィンです!有名なセリフじゃないですか!」 「…ああ、」 騒ぐに、雲雀は半ば呆れたような視線を送りながら、Trick or treatの意味を記憶の端から引っ張り出す 「 『お菓子くれなきゃ悪戯するぞ』… 」 「それです、それ!で、どっちですか!?」 「…」 なんだろう、この目の前で目をキラキラさせている少女は。 お菓子が欲しいのだろうか。中学生にもなって? というより、彼女はもとより知っている筈だ。自分がお菓子なんて持ち合わせている筈がないと。 毎日、自分に会うために応接室を訪れているのだから。 「…無いよ、そんなもの」 「えー!……じゃあ、“Trick”ですねっ」 嬉しそうに微笑む少女。 悪戯なんてしたら、どうなるか分かってるよね? そういう視線をに送るが、は怯むどころかさらに楽しそうに笑った 「…?」 「雲雀 さん」 はソファに腰掛けている自分にまたがるように正面から抱きついてきた。 それなりにこういう行為には恥ずかしがりやな少女。 普段ならば、絶対にしないであろう行為 「?」 「、」 雲雀の問いかけにも答えず、彼女は雲雀の首筋に、ゆっくりと唇を落とした 「っ……」 雲雀の中の何かが疼く。 それを必死に耐えながら、雲雀は恨めしそうにを睨んだ 「なに、考えて るの」 「……雲雀さんも、言ってください」 「…?」 「トリック オア…」 「…?………!」 静かに微笑む少女に、雲雀は悟った。少女がしようとしていることに。 いいの? そう視線で問えば、少女は微笑み、頷いた 「…Trick or treat?」 静かに、雲雀が呪文を紡ぐ。 は雲雀の耳元でそっと囁いた 「Treat...」 それを合図と云うかのように、雲雀はの首筋にその牙をたてた ゆっくりとそれを差込み、味わうかのようにゆっくりと紅い“ソレ”を吸う じゅる... 自分の首筋から聞こえる、どこか卑猥な 聞き慣れない音に、は頬を染めた 痛みは感じない。 感じるのは何かが抜けていく感覚と、 快感 のみ “本来の雲雀”と出会ったのは三ヶ月だ 塾の帰り、予想以上に遅くなってしまったことで、近道をしようと脇道に入った そこで、は出会ったのだ 月光に輝く、自分の想い人の本来の姿と。 その端整な顔は変わらない。 ただ昼間は無かった筈の明らかに長く鋭い八重歯と、その歯と肌の白さに映えた 紅。 恐怖は 感じなかった 「…キミ、だれ」 そう聞かれて 「… …」 真顔でそう答えてしまった。 どこか、聞き覚えがあったのだろう。雲雀さんは一瞬目を見開いて 「…キミ 並中生?」 「…そうです、雲雀さん」 「…」 「―――早く、立ち去ってよ。キミも噛み殺されたいの?」 “噛み殺す” 本当に、意味が通っている。 しかし先程雲雀が血を吸っていたと思われる、今地面に倒れている女性は息をしている ( …女の血を、吸った… ) 芽生えたのはやはり恐怖ではなく 「…雲雀さん」 「そこらへんの女の血を吸うくらいなら 私の血を吸ってください」 嫉妬。 「―――…?何言って」 「私 雲雀さんが好きです。雲雀さんになら殺されてもいいです!」 「!…僕は、吸血鬼だよ?本気で言ってるの」 「本気です。雲雀さんが望むなら学校でもいつでも私の血をあげますから…!」 真剣にそう言った 彼は数秒、戸惑ったように固まっていたが すぐに 嘲笑を浮かべた。 「…どうせ、本当に噛まれれば怖がるんだろう?」 そう言ったかと思うと、刹那 私の首筋には彼の牙が刺さっていた。 じゅるり、という聞き慣れない音に体が震える 血が少なくなっていく。 意識が薄れていく中、どこか寂しそうに私を見つめる雲雀さんを見た 「…怖くなんか ないです」 ただそれだけ呟いて、私は意識を手放した。 目が覚めたときには雲雀さんは既にいなかった。 ―――それからだ 私が毎日昼休みに応接室に訪れるようになったのは。 「…キミ、馬鹿でしょ?」 「違います!言ったじゃないですか、雲雀さんが好きですって。本来の姿を知ってもその気持ちは変わりません だから血が欲しくなった時は言って下さい。いつでも献上します。ただ… ちょっと貧血気味になっちゃうんで、控えめにはして欲しいですけど!」 毎日毎日応接室を訪れて、はじめは相手にしてくれなかった雲雀さんも少しずつ私に心を開いてくれるようになった 時々、本当に時々。雲雀さんに血を吸われた。 そのたびに“快感”は増していった。 好きな人に吸血されるという感覚は、あまりにも甘いのだ 「っは……」 「…、ん ごちそうさま」 「…美味しい、ですか?」 「…そうだね」 「今まで飲んできた血の中で、最高に甘くて美味しいよ」 それは 甘くて あまい アマイ 媚薬のように 私とあなたは 堕ちていく 「愛してるよ、」 「…私もです、雲雀さん」 2人だけの楽園へ。
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