様。
拝啓 虫の音に秋の訪れを感じる今日この頃ですが、如何お過ごしでしょうか。
こちらは夏が終わり、少しずつ秋へと近付いていっております。
緑一色だった木々の葉は散り始め、早いものではただ枝がひっそりと、冬を、そして春を待ち、佇んでいます。
中には紅く染まり始めるものも。辺り一面が紅色に染まった時は、是非ご一緒に散歩でもしませんか。
焦ったような雲が向かう先にあるのは秋でしょうか。それとも冬でしょうか。それとも…―――――
終わってしまった、二度と戻らない 夏なのでしょうか。





コツン!自分の後頭部に、何かが当たった。反射的に手を持ってゆき摩りながら、ふと地面を見ると テニスボールがころんと転がる。飛んできた方を見れば、がニヤリという厭らしい笑みを浮かべて立っていた。 俺がわざとらしく唇を尖らせ拗ねて見せると、はハハッを乾いた笑い声を洩らした。 それにつられ俺の口角も自然と吊り上る。いや、吊り上げただけなのか。 どちらにせよ俺は笑ったのだ。そう、笑うことができた。――――― 昨日から一向に緩まなかった頬が、緩んだのだ。

「…ふ、やっと 笑ったね」
「!…え」

一瞬、心を見透かされたのかと思った。それほどの言葉は、あまりに俺の考えとリンクしていた。 それが表情から読み取れたのだろう、は悪戯に微笑むと、俺の隣に腰を降ろした。 俺は特に何をするでもなく、そのままぼけーっと空を見上げる。 一筋、青空に刻む飛行機雲。何人の人間が今、この空を見上げているんだろう。 俺らしくないとは思った。いや、昨日から思ってる。詐欺師と呼ばれるこの俺が、ポーカーフェイスどころか、 愛想笑いの1つも浮かべられないなんて。理由なんて、考える前から分かっていた。 ――― 終わったのだ。俺たちの夏は、終わった。俺たちは負けてしまったんだ。 青学に、というよりは、寧ろ“王者”と言う名に、だろう。背負わざるを得なかった栄冠という名のプレッシャー。 いや、背負わざるを得なかった、という表現は少々間違いかもしれない。確かにそうだけれど、 俺たちは自らその栄冠を受け継いだ。無敗という絆を、誓いをたてた。 誇りを持っていたからだ。この王者立海大という響きに。そして、自信を。 真田と、参謀と、赤也は 勝ったのに。ジャッカルも丸井も、―――――幸村も。とても、いい試合をしたのに。 俺は何だ?イリュージョン?ハッ、笑わせる。どれだけかっこいい名前をつけたところで、 それらしい響きを匂わせたところで。こんなの、ただの模倣。モノマネ、パクリじゃないか。 分かってる。俺の、俺自身の実力だけじゃ、全国で、しかもシングルスでなんて、勝てないということ。 だから勝利の為にイリュージョンを使った。1つ1つの指の動き、仕草まで全てを取り込んだ。 …それでさえ、勝てなかった。自分の実力じゃ勝てない。模倣でも勝てない。じゃあ、 何だったら、勝てるというんだ?

「…今 仁王さ、すっごい難しい顔してる」
「…そうか」
「―――あたしはね、全部仁王の個性だと思ってるよ。仁王なりのテニス」
「っは?」

急に話し始めたに、怪訝な視線を送る。けれどは気にも留めず、話し続けた。
そしてやっと、俺はその話の意味を理解した。―――また、俺の心は見透かされていた。

「模倣なんて、簡単にできるものじゃないんだよ。それは、やった仁王が1番、分かってるでしょう?」

確かに、簡単なんかじゃなかった。難しいなんていう言葉では表せられないくらい、苦労をした。 どれだけ、他校とやっている試合をじっくり見たか。何回、家で前の試合のビデオを見たことか。 そして作り上げた“そいつ自身”。分かってるんだ、相手が悪かっただけだって…。 多分、イリュージョンを以って、手塚になりきっていたりしたら、大抵の相手には負けないだろう。 ただ相手が悪かったのだ。…天才、不二周助。その相手が…。 けど、そんな簡単な言葉じゃ終わらせられないだろう?相手が誰であれ、俺は勝たなければいけなかったんだ。 だったら、幸村にあんな想いをさせずに済んだのに。…いや、違うか。 むしろ、昨日の幸村はスッキリした顔をしていた。負けたと、いうのに。 思えば昨日のあの試合は、幸村の復帰第1戦目であり、そして 最終戦だったのだ。 そう思うと、いくら負けたとはいえ、試合が出来てよかったのだろうか。けれど、でも…

「ねー仁王」
「…何じゃ」
「“もしも”という言葉が無意味なものでしかないように
 もう終わってしまった出来事をアレコレ考えるのも それ以上に無意味なことなんだよ」
「…!」

本当に、何なんだ、こいつは。俺の心の中を読むのもいい加減にしてくれ…。
そう思った矢先、それさえもは見て取れたのだろう。少し柔らかく微笑み、口を開く。

「仁王のことなら、何でも分かるから」
「…熱烈な告白どうも」
「クスクス…ほんとなんだけどねえ」

そう笑いながら、は立ち上がった。…結局なんだったんだ。 そのまま立ち去るのかと思いきや、俺の前に立った。影で視界が暗くなる。…何だ? ふと見上げると、間近にの顔があった。…!? ………俺が唖然と目を見開いている間に、は両目の瞼に優しく唇を落とすと、今度こそ去っていった。

「…え、……は?」

俺といえば…もう、意味が分からない。 急に来て俺の頭にテニスボールを当てたかと思えば、俺の心を読みまくって。 核心を突いた言葉を言ったかと思うと、ただそれだけを残し、さっさと立ち去っていったのだ。 …ああ、さらに。俺の瞼に…キスをも残して。

「…何なんじゃよ…」

一瞬、一層深まったかと思った胸のモヤモヤが、次の瞬間には薄く淡くなったり。 少しずつ熱くなる目頭も、目尻に溜まる涙も、すべてのせいだ。 がキスなんてするから。…俺の目の涙腺は、こうもあっさりと、崩壊したんだ。

「…っく…、」

勝ちたかったんだ。みんなで。二度とは戻らない夏を、最後の大会を…。最後を、みんなで笑いあいたかった。 悔し涙なんかじゃなく嬉し涙で頬を濡らして、馬鹿笑いして、夜遅くまで宴会やって。 そんな時間を過ごしたかった。いくら詐欺師と呼ばれようと、ドライだと言われようと、 俺の中には、これくらいの熱情や激情くらい、ある。むしろ表に出さない分、他のみんなより強いかもしれない。 どれだけ女子たちに騒がれようと、高校生以上に見られようと、大人だと言われようと…、所詮は、中学3年生。 まだまだ子供の領域だ。嬉しければ笑うし、悲しければ涙を流す。 必死に堪えていたけれど………には、それを見透かされてしまった。

「……っ、……ぁ…く、……っう」

なあ神様、今だけは泣かせてください。次の瞬間にはきっと、ポーカーフェイスに戻って見せるから。





仁王 雅治様。
拝啓 白露の候、あなたは如何お過ごしでしょうか。
後にも先にも過ぎ去る日々、そこにあなたはいましたか?あなたの世界に私はいましたか?
時の流れとは早いもので、始まりの桜の色が今では懐かしく、辺りに広がり始める紅色が当たり前のように感じます。
辺りが一面紅色に染まった頃、あなたはまだ、哀愁に身を潜めていらっしゃるのでしょうか。
願わくば、陽の下で仲間と共に、哀愁など押し退け笑いあい、前へと歩き出していますよう。
二度と戻らない夏に残した涙さえも、そう 笑顔に変えれるように。






青 春

ティアーズクライ

( 皆 と 一 緒 に 走 り ぬ け た 夏 を 、 俺 は き っ と 忘 れ な い 。 )






[ Love Mistake. ] 紫陽 華恋

テニプリ完結記念ということで、フリー小説にします。期間はありません。
背景以外のソースをそのままお持ち帰りくださいませ(この文は消してくださって構いません)