ふと目を瞑れば昨日のことのように思い出せる
笑い、泣き、そして   恋をした、あの時の記憶。

この手に残るのはあの日君がくれた手紙。
君がくれた、たったひとつの…愛の形。

「 久しぶりだね 」

もう1つの手に握るのは…俺から君への、愛の形。






がくれた、



たったひとつ







ここへ初めて来たのは、中2の冬、病院で俺の病気が発覚したその日の夕方。
絶望というには少し軽くて、不安というには少し重すぎた何とも言えない感情に苛まれ、救いを求めてココに来たんだ
門の前へと立ち、その綺麗な、白で統一された外観を見上げ、自嘲気味に呟く。

「教会なんて…初めて来たよ…ハハ、」

それほど俺は、落ち込んでいる…というか、ショックを受けているということか。
門を開け、敷地内へと足を踏み入れる。そして、頭の中に浮かぶ、

何故、俺なの?

病気を宣告されてから、何度も繰り返しては消えていく疑問。
そんなこと言ったって仕方ないと分かっているけれど、それでも。 ………問わずには、いられなかった。

明日には、病院へと入る。入院するのだ。明日から、いつできるか分からない退院の日を夢見て過ごす日々が始まる。


キィイイ…


少し古びた、けれどもやはり綺麗な白い扉を開けると、中は思ったとおりの造りだった。
中には、1番前の椅子に女の子が1人。そして、正面の天井近くで、女神様が俺を見下ろしている。
その背後で光るステンドグラスがあまりに綺麗で、…泣きそうに、なった。

俺は1番後ろの椅子に腰掛けると、机に両肘をつき、顎の下で手を絡め、スッと目を閉じた

教会にいるというだけで…何故こんなに心が落ち着くんだろう。
そんな風に思いながら、じっと目を閉じ、静かにもう一度、先ほどの問いを心の中で繰り返した。

何故、俺なの?

…それは、きっと、神が俺に与えもうた試練。
きっとこれを乗り越えれば、今より素敵で、今よりも輝いた生活が待っているんだ。
そうさ、死ぬわけじゃない。
大丈夫、大丈夫だ。神は、乗り越えられない試練なんて与えない…。

そこまで考えたところでふう、と大きく息を吐くと、ゆっくりと目を開けた。


「っわ!?」


目の前には、さっきまではいなかったはずの、女の子が1人。
条件反射で1番前の席を見れば…いない。ということは、さっき1番前に座っていた少女が、
何でかは分からないけれど、俺の前に来たということか。

女の子は俺の驚いた声にビックリしたようで、少し目を見開いて目をパチパチさせていたけど、
すぐに我に返ると、申し訳なさそうに ごめん、と謝った

「何で謝るんだい?」
「だって…驚かせちゃったでしょう?
 そうだよね、さっきまでいなかった人間が急に現れたら驚くよね」

その子が本当に申し訳なさそうに言うもんだから俺は(元々怒る気なんてなかったけど)怒る気も失せ、
いいよ、と安心させるよう微笑んでやる
するとその子は ぱっと表情を明るくすると、ありがとう!と微笑んだ。

その笑顔は、とても優しく…、女神様を連想させるような、優しさだった。

「君の名前、聞いてもいいかな」
「あ、うん、私は、 。ちなみに高1。えーと、あなたは?」
「幸村 精市。…中2です、すみません、年上だったんですね」
「あ、いいの!敬語なんていらないよ、神様の前では、皆平等な人間だもの」
「…じゃあ、お言葉に甘えて。って呼んでいいかい?」
「うん!精市くん!」

2人で小さく笑いあう。
その時は病気のことなんて、すっかりと忘れて…心から。


それから、と色んなことを話した。
俺の病気のことや、テニスのこと(も地元民なため、立海の名前・そしてテニス部の強さは知っていた)、
はキリスト教ではないけれど、小さい頃からここに来るのが好きなこと、神様を信じていること…
そして、両親が離婚しそうだということを。

仲間であり親友である弦一郎や蓮二にも言わないような…、本当に、色々なことを、俺たちは話した。

「明日から入院ってことは…しばらく会えないんだね」
「そうだね。…もっと、と話したいよ」
「私もだよ」

その時、なんとなく感じたんだ。
今日初めて会ったばかりだというのに、お互いに 特別な感情が芽生え始めているということを…。


「じゃあ…帰るね」
「うん、…またね、精市くん」
「うん…また。」


そして俺たちは、別れた。





初めはそんな、長期の入院になるなんて思っていなかったんだ。
だからまたすぐにに会えると思ってたけれど…予想とは裏腹に、長い入院となった。
そんな寂しい日々を送っていると、中2が終わり、中3へと突入した頃に…が、病室にやってきた。
何故知ってるの?と聞けば、直接立海に行って、テニス部に聞きに行ったらしい(教えたのは蓮二だそう)
俺はもう嬉しくて嬉しくて、沈んでいた気持ちが一気に浮上した。
そして色んなことを話した。

教会と同じ真白い部屋は…教会と同じように、俺たちの心を素直にさせたから。

も学校があるためそんなに頻繁には来られないけれど、一週間に一度は必ず来てくれた。
けれど、ある日…、

は、病室を訪れなくなった。

俺は病院から出られない。が来てくれなければ、会うことはできないのだ。
とても、ショックだった。俺はに見放された?
言葉にせずとも、も俺に同じ気持ちを持ってくれていると思っていたのに…

そして数週間が過ぎ、手術の時が来た。
弦一郎をはじめとするテニス部の皆が、関東大会決勝で青学と戦っている中、
俺も、俺の戦場へと出向いた。
脳裏にの笑顔を思い浮かべ、それをお守りとして心に抱き締めて………





手術が成功し、リハビリも一段落終え、日常生活に支障がないということになり、俺はやっと退院できることとなった
退院したその日に…俺はある場所へと向かった。


「…フフ、何も変わってないな」

綺麗な外観。少し年季の入った門でさえ神秘的に見える。
敷地内に入り、一歩一歩、教会へと近付く。

ここに来れば、に会えるような気がしたんだ。

彼女が何か怒っているのならば、謝りたい。
彼女がもう俺と会いたくないというならば、諦める。けれど、気持ちだけは伝えたい。


扉に手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。


キィイイ…


ステンドグラスを通して夕陽が俺の視界を隠す
手のひらで光を遮り、教会内を見渡し、

あの日のように、が1番前の椅子に……


座ってなど、いなかった。


「……」

やっぱり、俺のことを嫌いになったの?顔を見るのも…嫌になった?
俺は打ちひしがれながらも、初めてここに来た時に座った、1番後ろの椅子に座った

くしゃ、

「?」

おしりの端で、何かを踏んだらしい。音からして紙だろうか。
俺はそれを手に取る。シンプルな、白で統一された封筒。それはやはり、手紙だった。

「誰かの忘れ物かな?誰の……―――!」

何気なしに裏返して、驚いた。
そこにあった名前は、俺と  の、名前。


“ 幸村 精市 様

          より ”


何度読んでみても、それは変わらなかった。
騒ぎ出す胸を抑え、震える指で封を開ける。そして、中から2つに折られた1枚の便箋を取り出した

ここに、からのメッセージが書かれている。

ある日を境に俺の元へ訪れなくなった理由も書いているのだろうか。
ドクンドクンと胸が高鳴る。
落ち着け、落ち着け…そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと、便箋を開いた。





 精市くんへ


   こんにちは。
   あなたがこれを読んでくれるのはいつになるのかな?
   春かな、夏かな?それとも…永遠にあなたの目に触れることはないのかな。
   もしもこれを読んでいるのが精市くんでないのなら、この手紙はあった場所にずっと置いておいて下さい。
   読んでくれているのが精市くんなら…、見つけてくれて、そして読んでくれて ありがとう。

   まず、何も言わずにあなたの前から消えたことを謝ります。ごめんなさい。。
   以前より話していた両親の離婚が決まって、母に連れられ逃げるように家を出たの。
   今はまだ地元のホテルだけど、今日の夜にはもう神奈川を出て、青森の母の実家へ行くことになってます。
   あまりに急だったから、精市くんに言えずに…、いえ、違う。ごめん、嘘です。
   言うのが嫌だった。あなたにお別れを言うのが…嫌だったんだ。
   どうして、なんて言わなくても分かると思う。
   それでも、敢えて言うね。もしかしたら、これが最後になるかもしれないから…。

   好きです。

   ずっとずっと好きでした。言葉には出さずとも、伝わってくれてたって信じてる。
   そして、あなたも私を好きでいてくれたよね。
   本当に本当に、嬉しかった。ありがとう。

   本当に短い間だったけど、あなたと過ごした日々は宝物だよ。本当にありがとう。
   急に何も言わずに消えたりして…、愛想ついちゃったかな?それならそれでいいよ、ごめんね。

   でももし、もしも…



「もしも、まだ希望があるのなら…」


気がつけば、自分でも口にしていた。
の文字が、俺の目から零れ落ちる液体で 滲む。
涙で滲んだ世界の中、綴られたの言葉を、気持ちを。 しっかりと目に焼き付ける。


「5年後の、私たちの出会った日に、」


5年後の、私たちの出会った日に、またここでお会いしませんか―――――











俺はその日、家に帰ってすぐ、手紙を書いた。
が俺に残してくれた、たったひとつの愛の形を…俺も、形にしたくて。

そして、5年後に必ず渡そうと。


そして今、俺は5年前ににもらった手紙と、自分の書いた手紙を持ち、教会の前に立っている。

あの頃よりも古びた門、
白で統一された綺麗な外観。

扉に、そっと手をかける。


キィイイイ…


あの頃と変わらぬ音を立て開く扉、同時に、1番前の椅子に腰掛けていた女性が、こちらを振り向く。

「 久しぶりだね 」

俺の言葉に、優しく、――― あの時と同じ、女神様を連想させる優しい笑顔を、は浮かべた―――――







By [ Love Mistake. ] 紫陽 華恋 (200000HIT御礼企画お題作品)