なかったことに出来ればいいのに。

あなたと過ごした日々、あなたと交わした言葉、あなたと愛し合った思い出 ぜんぶ、ぜんぶ。


そう、いっそ



出逢わなければ、良かったのにね










ざわめく廊下。
行き交う生徒たちの中、1人異色のオーラを放ち、見る人全てを魅了し、廊下を歩く人物

跡部 景吾。

女子たちの黄色い声が上がる
かっこいい、やら 跡部様、やら。中には携帯の写メの音まで聞こえてくる


彼はすごい。
その整った容姿も去ることながら、頭も良くて、そして 生まれ持ったカリスマ。

人を惹きつけて、やまない。


( ふと、目が合った )


そう、私も


( 一瞬、世界に私たち2人だけになったような錯覚に陥って、 )


惹きつけられた 1人。


( 周りの雑音で、目を醒ます。 )





私と “跡部 景吾” は、中学校の1、2年と付き合っていた。恋人同士だったのだ
だった。…そう、今は、違う。

ただの、元恋人だ。





「これ、音楽室に持っていってくれないか。榊先生がいると思うから、どこに置くかは榊先生に…」
「分かりました」


帰宅時、運悪く担任に見つかり雑用を任される
数十枚の書類を持ち、4階の音楽室へ。

必死に片手で書類を支えながら扉をノックし、中から「入れ」という声が聞こえてきて、扉を開け中に入る

そこにいたのは、榊先生だけでなく


( …けい、ご )


か、どうした?」
「水谷先生に書類を運ぶよう言われてきました」
「ああ、その書類か。それは隣の音楽準備室の机においておいてほしい。
 私はすぐに行かなければならないから、戸締りは頼んだぞ」
「はい」
「…それでは、跡部。その件はまた後日」
「分かりました」


ガラララ…ピシャン。


榊先生が音楽室を出て、扉が閉められ  2人きり。

私は景吾を見ないように、逃げるように音楽準備室に入ると、机の上に持ってきた書類をどさっと置いた
終わった、と思い踵を返すと、


「景っ、」
「…」
「…なに?」


準備室の入り口に、景吾が立っていた。
切なそうな目で、私を見据えて。


「…私たちは、もう、関係ないでしょ?」
「…」
「そうでしょ?違う?違わな―――っ、ん…!」


言葉を遮るように唇をふさがれる
懐かしい、感触。

( 覚えてる、彼の唇。 )

キスする時に、頭を固定しながら時々撫でるクセも変わらない。
ぜんぶ、覚えてる なにもかも。

この、腕のぬくもりも。


「っ…ぁ…はぁ…」


唇を離され、身体が離れる
それに寂しさを覚えながらも、私は景吾をキッと睨みつけた


「どうして!こんなことするの…!私たちは、別れたでしょ!?別れなきゃ、いけないんだよ!
 私も!景吾も!いずれは婚約者と結婚しなきゃなんないんだよ…
 だから別れようって、そう…言ったじゃない…」

「…、でも、俺は」

「でも私が好き!?そんなの通用しないって分かってるでしょ…!?
 私だって景吾が好き。愛してる!他の人となんて結婚したくないよ!でも…っ」


私たちは、将来今両親が経営している会社を継ぎ、経済の最先端を歩んでいかなければならない
そのためには、決められた婚約者と縁談を結び、会社の力を強めていかなければならない。

そして、私も、景吾も。それを、受け入れたのだ。

家に生まれたさだめ、跡部家に生まれた宿命なのだと。

だから、私たちはもう別れたし、婚約者とも、もう 殆ど縁談は完成している


「…もう…遅いんだよ、景吾…」

「…

「愛して、る のにっ」










そう、いっそ

出逢わなければ、よかったのにね。


そしたらあなたと過ごした日々、あなたと交わした言葉、あなたと愛し合った思い出 ぜんぶ、ぜんぶ。

なかったことに出来るのに。




なかったことに、出来れば良かったのに。



個人趣味な方向へ行ってしまっている…!こ、こんなんでいいですか…orz