例えば道端でひっそりと咲く美しい花のように。 初めて見たキミは あまりに儚く、綺麗だった。 いつもと変わらぬ、白い部屋 私の前で辛そうに言葉を紡ぐ担当医から少し目線をずらして窓の外を見れば そう、窓の外の景色さえ 真っ白 だった。 ( 何よりも 残酷な色。 ) 綺麗過ぎるが故に あまりに残酷。 「…出来る限りの努力はする。だから…くんも諦めないでくれ」 「……はい、先生」 担当医と連れの看護師が部屋からいなくなると、白の部屋に残るのは静かな空気と、私だけ。 もう一度窓の外を見れば、やはりそこは白だった ( 白 ) 綺麗だ。憎たらしい程に、 「……半年、かぁ…」 言い辛そうに担当医が告げたのは私の余命。 ショックを受けたのは勿論だけど、否定しようとか、生きたいなんてことは思わない …この事実は、病気が発覚したときから、予想できたことだったからだ 「( 私の人生ももう終わり、か。短かったな )」 特に良いことも、悪いことも無かった。…いや、悪いことはあったか。 …この、病気だ 「( 思い残したこと…。別にないや。……あ、でも )」 一度 “恋”というものを、味わってみたかったかもしれない。 学校で見ていた、恋をしている子たちは、とても満ち足りていた。 楽しみも悲しみも、ときめきも。すべてにおいて、満ちていた それを羨ましいと、何度思ったことか。 「( 恋、ねぇ… )」 病院という、限られた世界の中で。 あと半年という、僅かな時間の中で。 もしも出逢うことが出来たなら、それはきっと、神様が私に授けてくれた 奇跡。…最後の、幸せ。 ( 何か、眺めてるだけってのもなぁー… ) 余命を宣告されてから、3日。 窓から眺めるだけの雪は、何も面白くなんて無い。 外で遊ぶ子供たちを見たら、無性に外に出たくなってしまった 「ちゃん。食事よー」 「あ、はい、有難う御座います。 …あの、」 「ん?なぁに?」 「外、行ってもいいですか。ちょっとだけだから」 「わぁ…」 「本当にちょっとだけだからね。ちゃんと暖かくするのよ」と念を押されに押されて中庭へ。 冷たく、乾燥した空気。それに映える、銀世界 屈みこんで、人に踏まれた形跡のない雪に触れると、それはとても冷たく、やわらかかった 「綺麗…」 はぁ、と白い息を吐きながら、ただ 雪を眺める きっと、来年はもう 見ることは出来ないだろうから それを彼が見ていたなんて、知らなかったんだ ただ、圧倒されるほどの一面の雪に、浮かれていたから。 「それじゃあ、病室はここだから」 「はい、有難う御座います」 看護師の女性に、これから俺が入る病室を教えてもらい、部屋へと入る 白一色のそれに、俺は病気なのだと、今自分はテニスをできないのだと 思い知らされた 一旦看護師が去り、一人きりとなった病室 ベッドに歩み寄ると、偶然 窓の外が見えた ここは3階なので、見下ろさなければいけないけれど。 見下ろしたそこは中庭だった 雪に埋もれてはしゃぐ子供たちとは対照的に、ただ雪を眺める少女を見つける 白い雪に融けてしまいそうな白い肌に、艶やかなセミロングの黒髪 薄い桜色の唇 そして、色褪せてしまったかのような 瞳 あまりに 儚くて 綺麗で。 どこか幻想的な風景に、目を 奪われた 「幸村君、これが……、幸村君?」 「…看護師さん」 「はい?」 「あの子は、どなたですか」 喉が乾いたので何か飲もうと思い、売店へ向かうために病室を出た 売店は地下1階にあり、ここは3階だ エレベーターに乗り込みB1のボタンを押す。重力に誘われるがままに下へ エレベーターを降り売店で適当にお茶とお菓子を買い売店を出ると、声をかけられた 「さん、だよね」 「…は、い?えーと…どなたでしょう…」 私が忘れているとか、そんなんでなくて。 話しかけてきた少年のことを、私は本当に知らなかった 首をかしげていると、その人は苦笑して「ごめん」と謝ると、ふわり と、 優しく 微笑んだ ( なんて、綺麗に微笑う人なんだろう ) 「俺は幸村精市。昨日ここへ入院してきたんだ」 「あ、はい…幸村、君…。あの、どうして私の名前…?」 「ああ、ごめん。昨日ね、キミを見かけて…看護師さんに名前を聞いたんだよ」 どうして私の名前なんかを知りたがったのかは分からないけど、とりあえず頷いておく これからどうしようかと目を泳がせていると、幸村君は手を差し出してきた 「俺と、友達になってくれないかな」 「…へ?私が、ですか?というか、私なんかでいいんですか?」 「ああ。キミがいいんだ、ちゃん」 そう言って微笑んだ幸村君に、私の心臓は、握られたみたいに苦しくなった でもそれは嫌な苦しみじゃなくて、なんというか…満たされるような。 「…はい、宜しくお願いします。幸村君」 「フフ、精市でいいよ、ちゃん」 友達 それは、私が入院していて一番欲しかったものだった。 入院し始めの頃は学校の友達とか、よくお見舞いにきてくれたけど、1ヶ月も経てば、それもなくなってしまったから 精市君とは、すぐに打ち解けた 一週間も経てば互いの病気のことも、打ち明けられるくらいに。 彼は、ギラン・バレー症候群に酷似した病気で、大好きなテニスが出来なくなったらしい しかも、あまりテニスに興味のない私でも知っていた、王者立海テニス部の部長さんらしい。 部長さんがいなくて大丈夫なのかと思ったけれど、仲間を心から信頼している精市君を見て、大丈夫なんだなと確信した 私の病気と、余命を彼に伝えると 「…え、」 「驚いた?…こんなに元気なのに、私 半年後にはもう、この世にいないんだよ。笑えちゃうよね」 そう自棄気味に笑ったら、精市君は今までに見た事無いほど顔を歪め、悲しんだ それが何だか申し訳なくもあり、不謹慎ながらに 嬉しくもあった。 「…はもしかして、諦めてるのかい?」 「!……うん。だって、どうしようもな 「 そんなこと言わないで…っ」 …精市、君?」 「そんなこと、言わないでくれ。俺は半年後も、一年後も、に会いたい」 「…っ、」 胸が、締め付けられる。 ―――この一週間で、確信したことがある。 たった一週間。されど、一週間。 私は、精市君に恋をした 「せい、いちく…」 「俺は…俺は、が好きだよ。五年後だって、十年後だって キミの隣で、笑っていたい」 愛しくて、愛しくて。 嬉しさと愛しさで胸がいっぱいになって、堪えきれなくなった涙を目から零す けれど、涙の意味は 嬉しさでも愛しさでもなかった。 哀しみ だ 私だって、これから先ずっと、精市君の隣で笑っていたい けれど、それは叶わない願いだから。 どうしようもなく、嬉しくて、悲しい。 それでも、 「…」 「っぅ…精市君、…」 「…好きだよ」 「ッ私も、好きです……精市くんのことが…好きです…っ」 「…ありがとう、」 神様が授けてくれたこの奇跡を。最後の幸せを。 私は 大切にしたかった 「」 「?どうしたの?」 「ここ、夏に部活のみんなと行った海なんだ …今度、一緒に行こう」 「……うん!」 精市君と過ごす日々に、私の心に変化が起きはじめた “生きたい”と、…“生きよう”と 思うようになった。 病気になんか負けたくない。 余命になんかに、負けたくないと 思った いや、負けないって思った。 精市君が、隣にいてくれるのならば。 そしてそれは現実のこととなり、 余命半年宣告をされてから、七ヵ月半 私はいまだに、精市君とともに笑いあっていた。 私はきっと、生きられる。 そう信じ始めたある日、精市君が 手術を受けることになった。 成功率は五分五分 成功すれば、退院できる。 丁度テニス部が関東大会決勝の時と被ったらしい。精市君は部活の副部長の人とよく電話で会話をしていた 精市君が傍から離れるのは悲しかったけど、退院できるのはとても喜ばしかった だから、応援した。 手術が成功するように、夜な夜な祈った 「…頑張ってね、精市君」 「うん。…大丈夫、俺はもう一度 テニスがしたい」 決意を瞳に宿らせて、彼は手術室へと向かった 私は手術の成功と立海大テニス部の優勝を祈りながら その日を過ごした 立海大テニス部の優勝は惜しくも逃したものの、精市君の手術は無事成功し、 手術から五日後。 遂に、退院のときがきた 「…毎日、お見舞いに来るよ」 玄関で、精市君と向き合う 精市君は私服で、新鮮で…とても、格好良かった 「それは精市君が疲れるから駄目。もっと少なくてもいいから」 「フフ、分かった分かった。……ねぇ、」 「ん?」 精市君は急に真剣な表情になり、私を見据えた 「海も、紅葉も、雪も、花見も、デートとか、旅行だって。 一緒に行こう。必ず」 「…うん」 「そして、」 「…?」 精市君は何かをポケットから出すと、私の左手を手に取り、薬指に何かを巻きつけた 「 大人になったら…結婚しよう 」 薬指に巻かれていたのは、赤いリボン。 安っぽい指輪なんかより、それは何だか強い絆で結ばれているようで。 嬉しくて、涙が 零れた 「うん、うん…!海とか旅行とか、絶対に一緒に行こう… 結婚もしたい。私、精市君のお嫁さんになりたい」 「…ありがとう。…叶え、られるかな」 「叶うよ!きっと。 精市君がまたテニスができるようになったように、私たちが一緒にいたら、きっと」 叶わないことはないよ。 そう言うと精市君は初めて会ったときと変わらない、綺麗に、嬉しそうに微笑って、 触れるだけの口付けを残して、病院を去っていった。 そう、きっと叶わないことはない。 叶わないことなんて、ないんだ ―――――― 退院してから、3日後。 部活後に、花屋へ寄りお見舞いの花束を買ってから、病院へ向かう 3日ぶりの病院。 相変わらず真っ白で、薬品臭くて。 でも、この建物の中にがいるんだと思ったら、白さえも嬉しく思えた エレベーターに乗り込み、3のボタンを押す。 3階に到着してエレベーターを降りたら、歩きなれた道のりを。 「…え、」 の病室の前にたどり着くと、俺は思わず花束を落としてしまいそうになった 「…何で?」 患者の名前を書いてある紙を入れてあるはずのプレートが 空だったから だ 「( まさか… )」 そう思ったところで、3日前のの言葉を思い出す 『 叶わないことはないよ 』 そうだ。そんなことあるわけない。 きっと病室をどこかへ移っただけだろう 俺はナースステーションへ向かい、看護師さんに声を掛けた 「あの、すみません」 「あら、幸村君!どうしたの?」 対応してくれたのは、入院中ずっとお世話になった看護師さんだった 俺も少しだけ息を吐き、本題を切り出す 「あの、 は…」 「っ…!」 「!?…あの…?」 の名前を出した途端、彼女は青ざめた …彼女は、ずっと俺の世話をしてくれていたから 勿論、との関係も知っていた。 「…は、どこですか」 「………幸村君」 「…は、い」 涙ぐみながら話す彼女に 俺の声は 自然と、震えていた 「落ち着いて、聞いてね」 …幸村君が、退院した日にね 容態が急変して 急いで緊急オペを行ったんだけど、ただでさえ余命半年と言われていたものだし もう、どうすることもできなくて。 …七ヵ月半生きれたことは、奇跡に近かったのよ 昨日、息を引き取ったわ 嘘だと、叫びたかった でも、涙を流す看護師さんを見て、認めざるを得なかったのだ とはよく、中庭で会話をした。 だから俺は今中庭で突っ立っているのだ。どうすることも できずに。 悲しいなんて言葉じゃ表せない。 あまりに絶望的で、涙さえも 流れなかった 「…ねぇ、」 声に出して彼女の名前を呼ぶと 流れなかった筈の涙が、じんわりと滲んできた。 「嘘つきだね、キミは」 叶わないことはないと言ったじゃないか 一緒に海へ行って、紅葉も見に行って、雪で遊びに行って、花見もしに行って、デートもして、旅行もするって 結婚するって 言ったじゃないか。 なのに、どうして? どうして、今キミはここにいないんだ 「…」 ど う し て 。 好きだよ。 愛してる。 もう届かないと分かっているのに、想いは溢れ。 今は夏で そんなこと、あるわけないのに ひらり、と 雪が舞い降りてきた気がした キミを見つけた、あの日のように。 叶わないことはないと、
例えば道端でひっそりと咲く美しい花のように。 初めて見たキミは あまりに儚く、綺麗だった。 そして今、 冷たい部屋で眠るようにして安置されていたキミは、あまりに冷たく、肌も白く 唇も、紫色で 左手の薬指に巻かれた赤だけが 唯一の キミが俺の隣で確かに生きていたという、証のようだった |
…あの事細かいリクエストは、全て果たした はず。はず…orz
自信が無い代わりにとても書き易かった。設定多いっていいね!
BGM By[FINAL STAGE]