もともと女っぽくなんてなかったし、恋なんてどうでもよかったし。
だからこそあたしはこいつが好きでも嫌いでもなく、まぁ簡単に言えば興味がなかったわけで。


「一週間だけ、俺の彼女になってもらえんかの」


そんなこと言われたって、正直  かなり面倒くさかった。











七日だけの恋人











11月27日。
放課後、あたしはただ日直の仕事があったから教室に残っていただけ。
そう、偶然だったんだ、あれは。きっと。


「のう、サン」


そいつは、あたし一人だけの教室に入ってくると、忘れ物でもしたのか自分の机を漁ってノートを取り出してから、
やっとあたしの姿を視界に収め、何やら一瞬思案してから、あたしの元へと歩み寄り、声を掛けてきて、

そして、何故か。


「一週間だけ、俺の彼女になってもらえんかの」


ぶっちゃけ、わけがわからなかった。
どうして殆ど話したこともない、ただのクラスメイトであるあたしにそんなことを頼むのか。
けれどそんな疑問よりも先に頭の中に浮かんだ言葉があった。
…そして、知らぬ間にその言葉を口にしていたのだ


「面倒くさ…」


あ、やばい。
そう思ったときにはその言葉は私の口から出ていて。それを口の中に戻すなんてことは勿論できなくて。
全然交流の無いあたしに恋人役ふっかけるこいつもこいつだけど
全然交流の無いこいつの申し出に「面倒くさい」といきなり言っちゃうあたしもあたしではないだろうか。

目の前にいる、こいつ―――― 仁王は一瞬キョトンとしてから、すぐ クク、と喉を鳴らしてから大爆笑しだした


「ちょ、にお…!?何笑って…」
「くく…っ!や、お前さん、おもしろ……期待以上じゃのう」
「はぁ?」


少しだけど声を上げて大爆笑する仁王に、あたしは内心驚いていた

( 仁王って、こんな風に笑う人だったんだ )

もっと、トゲトゲしてて…近寄りがたくて、大人っぽくて…冷たい人だと思っていた。
でも、違うんだ。
あたしと同い年の、ただの男の子なんだ( ただの、ではないかもだけど… )


「…見返りは?」
「っくく…、…は?」
「は?じゃないよ、み・か・え・り。まさかタダでそんな恨まれ役買えってんじゃないでしょうね?」


ニヤリ、と笑ってやれば、仁王はまたキョトンとすると、ニヤリ、と笑い返してきた
悪戯を思いついたときのような、楽しそうな、顔で。


「エエ感じやのう…やっぱ期待以上じゃよ、サン」
「( だからそれなんの期待なの…。 )」
「付き合ってくれてる間の一週間。俺はお前さんに尽くせるだけ尽くしてやる。
 どっか行きたいとこあるんやったら全部奢りで連れてっちゃるよ」

「…それ、は……明らかに、見返りの方が凄いんじゃ…?」
「まぁの。…まぁ、俺自身お前さんを気に入った。それだけんことじゃ」
「は…」
「よろしくの、?」


あたしの名前知ってたんですね、仁王雅治くん( あれ、あたしも知ってるよ )

…ていうか、OKすること決定ですか。そうですか。


( ま、 )


「( いいけどね… )よろしく、雅治?」


あたしも仁王…じゃないや、雅治のこと、ちょっと気に入ったし。





こうして 碌に話したことも無かったあたしたちは、(似非)恋人同士となりました。











雅治と似非恋人同士となった次の日。
(ちなみに昨日はちゃんと送ってくださいました。おお、紳士だね)(さすが柳生といつも一緒にいるだけあるね)


ガチャ  バタン


…うん、今玄関の扉を開けたとこに見えたのは錯覚だ、きっと。
だって、あたしの家の前でなんで銀髪なんて…。

あたしは決心してもう一度扉を開けた。


「おはようさん、。閉めるなんてヒドイぜよ」


…気のせいじゃなかったのかやっぱり…!


「何でここにおんねん…!?」
「( 関西弁? )俺ら恋人同士じゃし?」
「( 似非だろ! )…有難う御座います、彼氏さん」
「どういたしまして、彼女さん?」


ニヤリと口角を吊り上げて微笑み返され、あたしは思わず溜息を吐いた。
( …うん、何かムカつくんだけど? )

でも、

( ちょっとカッコいい、かな )


まぁとりあえず。
あたしも雅治も、昨日のうちにそれなりに知り合うことが出来た。
雅治の申し出を受け入れた後教室で少し話したし、その後雅治の部活が終わるのを待って送ってもらったし、
そのときに 色々と言葉を交わしたからだ。

ちゃんと言葉を投げかけあってるこの光景は、まぁちゃんと恋人同士に見えるんじゃないかなぁと思う

そのまま並んで歩いて学校へ。
近付くにつれて立海生が増えてきて、あたしたちを視界に収めると女子の悲鳴と男子の驚きの声。
…まぁ、あたしたちは本当何も関係なかったんだから、驚くのも無理ないんだよね( つか驚かなかったら変でしょう )


「おーっす仁王!…あれ、じゃん。なんでぃこの組み合わせ」

丸井が後ろからやってきました。( 丸井とは2年のとき同じクラスだったんだよね )

「おはようさん、丸井。…とは昨日付き合いだしたんじゃよ」
「え、まさは…っ」
「( シーッ )」

丸井にまで嘘を吐く必要があるのかと思ったけれど、雅治が話すなと言った( 合図した )ので黙りこむ

「え、何でだよ急に!?」
「急じゃなか。ずっと気になっとったけぇ。昨日告った」
「…。( まぁ、嘘ではない、のかな? )」


昨日、一緒に帰ってるときに、あたしを似非彼女役に選んだわけを聞いた。そしたら、


「いや、俺来週の12月4日が誕生日なんじゃが、いっつもその寸前になると告白が増えるんよ。
 当日もかなり誘われるし、そういうんうざいんじゃよ。じゃけぇ彼女おる言うたら断りやすいし、
 あっちも諦めるじゃろ?
 その彼女役もな、俺が好きじゃとか、好意もっちょったら意味ないけぇ。
 おんなじクラスなったときからは俺に興味なさそうじゃったし、面白そうやったけぇの。ずっと気になっとったんよ
 話してみたら予想通りじゃし期待以上じゃし。まぁ理由はそんな感じじゃよ」


だ、そうだ。

( なんていうか…モテるってムカつくわ )

似非彼女作らなきゃいけないくらいってどんなんだ。
告白されたことなんて無い…わけじゃないけど、そんなにモテたことない私には分かんないよ…!


えぇー!?!?と、に、に、仁王くんっ!?なななななな、ナゼ!?」
「…おはよう御座います…。」
「おはようさん、の友人Aサン」


一番でかい反応を返してくれたのは仲良しのお友達でした。
クラス中の人たちがあたしたちをめちゃくちゃ見てきますハイ( 視線が痛い! )


「ちょ、どうしたの?」
「あー…実は 「チャン?」 !!………付き合うことになった、かな うん」
「まじでか!」


彼女役を頼まれた、と言おうとしたら雅治に微笑まれました。
え、いいことじゃないかって?…滅相も御座いません!その笑顔が果てしなく恐い!
ちゃんと友達に付き合ってると言うと雅治はにっこり微笑んだので(これもちょっと恐い)にっこり微笑み返すと、
「ラブアイコンタクト取ってるとこ悪いんだけど」と友達が私の耳に口を寄せました(何だ?)


「仁王って今まで彼女いるの見たこと無いんだよね実は」
「え!?」
「女遊びは激しいけどね。彼女作ったってことは、本気ってことなんじゃない?よかったね、
「あは…あはは…」


どう反応していいか分からず曖昧な笑みを浮かべておく。

( 本気っていうか…もともと本当の恋人じゃないし )

溜息を吐いて自分の席に座ると、何故か隣の席に雅治がいました


「…え、ナゼに?」
「知らんかったん?俺、の隣の席じゃけぇ」


そういえば。
昨日忘れ物を取りに来たとき、雅治、あたしの隣の席の机を漁ってたような。


「え、一番最近席替えしてから、ずっと隣だった?」
「当たり前じゃき。は気づいてなかったかもしれんがの」
「うそーん…。( こんな派手な奴に気づかなかったのか、あたしは! )」


そう言われてみれば…いつも視界の端に映るのは銀色のサラサラな髪の毛だったような。

( 銀色の…って時点で雅治しかいないじゃん! )

興味ないって凄い…と一人感心していたら、担任がきたためHRが始まった
その途端、雅治は机に突っ伏して睡眠体制に入ったけど。

HRが終わった頃には、雅治の呼吸は一定となっていて、本当に眠りだしたことが分かった
閉じられた、ナゼか光の加減で碧く見えたりする切れ長の瞳。今は長い睫毛だけがその存在を主張していて。
すっと筋の通った鼻に、どちらかと言えば薄い、程よい桜色の唇に、
もとからの色気を倍増させる口元のほくろ。


(ヤバ、)


本気に、真面目に。


かっこいい   と、はじめて、思ってしまった。


「( …なんか恥ずかしい… )」


でも、あたしはとりあえず雅治の寝顔を見つめていた。
一限目の数学が始まっても、ずっと。

「( …ねむ、 )」

数学教師の声が子守唄になり、…なにより、雅治の寝顔見てたらかなり眠たくなり。
優等生でもなんでもないあたしは、躊躇い無くその眠気に身体を預けて、雅治と同じ体制になり、目を閉じた。









「(…フム)」


( 人の寝顔ジロジロ見ちょったと思たら…今度はそっちが寝るんか… )


確かに、俺は寝ていた。
でもまだ浅い眠りだったし、この性格だ。見られているのくらい分かっていた。
放っておいたのだけれど、ふと視線が止んだので目を開けてみれば、眠るの姿。
人の寝顔見てて自分も眠くなるなんて…

( 単純じゃのう )

それだけ考えて、再び夢の世界へと旅立った





キー…ンコーン…


「っ、…ぇ」


チャイムの音に目を開けてみれば、もう昼休みだった。
…途中のチャイムも休み時間も騒音も無視して俺は4時間ぶっ通して寝たと言うのか。

( 誰でもいいから起こしてくれればエェんに… )

そう思いながら、不意に隣を見ると。

( こっちもまだ睡眠中か )

が幸せそうに眠っていた。…ので、鼻をつまんで起こした。


「…………、んがっ!?」
「ック…」
「柏m王!?アンタちょっと何やってんの!?潰すよ!?」
「…赤也みたいなこと言うのう」
「あー血繋がってるし」
「…は?」
「あはは、実は従姉弟ー」


重大発言(?)に素で驚いた。

( 赤也と血縁者じゃったんか… )

赤也からそんな話、聞いたこともなかった。


「…ってか、え もう昼休み?」
「そうじゃよ。だから起こしてあげたんよ」
「そうですか…」
「ん、食べよ」
「は?」


俺がの前の席の椅子に座りに向き直って言うと、は心底不審そうな顔をした


「カレカノ、じゃろ。俺ら」
「…そうでしたねー」


鞄から弁当を取り出すを見ながら、俺は朝の家に行く前にコンビニで買ったパンを2個取り出した
まずコロッケパンを口に入れ、食べる


「あーしかし…こんなにぶっ通しで寝たのははじめてだわ、さすがに。」
「クク、俺もな」
「へ?」
「俺も、ついさっきまで寝とったけぇ。四限目終わるチャイムで起きたんよ」
「ふーん…」


他愛無い会話を交わしながら昼食を終えて、それからもその状態を保ったまま談笑していた
その様子を見て、クラス中の人たちが「付き合い始めたって本当だったんだ…」とかなんとか思ってるなんて知らずに。










早くも放課後。

「さて、と。今日も帰り待っちょってくれるかの?」
「え、マジ?…暇だから嫌。」
「そう言うと思った。…じゃけぇ、これ貸しちゃるよ。面白いから」
「ん?小説?」
「ん。読みやすいしの。まぁ早めに終わるけぇの、待っちょって」
「…分かった」


渋々頷いて、部活へ向かう仁王を見送る。

( …やべ、マジで恋人同士みたいじゃんあたしたち )

ここまでする必要あるのかなぁなんて…思わないことは ない。
でも、ま

「いっか」










「スマン、遅くなった」
「え?ああ、大丈夫だよ、これめっちゃ面白いし」
「そうじゃろう思うたんよ。お前さん、俺と似ちょるとこあるし」
「( え、マジ )」
「それ、貸しちょいたるし、新しいのんも何か貸しちゃるよ」
「あ、ありがとう」


この一日。雅治の彼女をやってて、思ったことがある。

雅治は、彼女には 凄く優しいんじゃないだろうか。

だって、マジで気持ち悪いくらい(コラ) 優しい。
いやもう本当意外と言うかあれなんだけどね


「帰り寄りたいとことかあるか?」
「え?あー…クレープ食べたいかも」
「ハハ、OK。奢っちゃるよ」


それが約束じゃったしの。

そう言って、目を細めて笑う雅治は、
窓の外から入り込む朱い陽の光に染まって、とても 綺麗だった。





本当にクレープを奢ってもらい、食べながら帰路につく
家まで送ってもらい、別れる。


そしてまた次の日は朝迎えにきてくれて一緒に登校して
一日を過ごして、雅治に借りた本を読みながら雅治を待って寄り道して一緒に帰って。


その繰り返しだった。


繰り返すうちに、あたしの中に確かな“想い”が募っていったこと、気づかないわけなんて なかった。




「あ、明後日日曜じゃのう」
「あーそだねぇ」


金曜日、帰り道で雅治が思い出したように言った
そういえば、と言葉を返す


「どっか行きたいとこ、ある?」
「…あ、映画観たい」
「エェぜよ。何観たい?」
「明日公開のミステリーのやつ」
「ああ…俺も観たかった。丁度エェのう」


ニ、と笑う雅治に、心臓が締め付けられた。

―――あーもう、好きだ、やっぱり。

まさか全然興味なかった奴に一週間足らずで惚れてしまうとは…
そう思いつつ、あたしは日々に満足していた。

この関係が似非だったこと、忘れてたわけじゃ、ないけれど―――――





「面白かったねー」
「ん。最後の最後でああくるとはの」
「ハラハラしたぁー」


映画を観る前にちょっと街をぶらついてから映画を観て、その後の帰り道。
映画の感想を言い合いながら、いつもの道を歩く
話すうちにそのシーンが蘇ってきて、思わず興奮して口元が緩んだ


「今日は楽しかったーおごりだし」
「ハハ」
「…」
「…」


会話が途切れると、沈黙が落ちてきた。
そして、そう  本当に 自然に。

あたしたちは自然と お互いに手を伸ばして、握ったんだ。





その日の別れ際に  はじめて、触れるだけの キスをした。










12月3日、月曜日。
いつもと同じように送ってもらって、いつもと同じ通りじゃなく…、キス して。雅治は、帰っていった。
( あたし、期待しちゃうよ? )
あたしは家に入るとすぐに着替えて家を飛び出す

( 明日は、雅治の誕生日 )

それと同時にあたしたちの恋人期間終了だってことは分かっていた。だから、


( 告白しよう。ちゃんと )


あのキスの意味、あたしと同じ気持ちってことだよね?雅治…










「おはようさん」
「…おはよう、雅治」


いつものように迎えに来てくれた雅治と一緒に、学校へ向かう。
帰りでいい。帰りでいいんだ。今はまだ、“恋人同士”。

学校へ行くと、雅治のところへ数人の女子がやってきて、プレゼントを渡そうとしていた
…でも、雅治はそれを全部断ってた。

彼女たちが可哀相だとも思ったけど、
そんなことより、嬉しかったんだ。本当に。


昼食も一緒に食べて、いつも通り隣同士で授業を終え。
早くも、放課後。


「…待ってるよ 雅治」
「…ん」


どこか寂しげな教室で、私はひとり、雅治から借りた本を読みながら、雅治を待っていた
テニスコートに行ってみようかな、と 思ったことがないわけじゃない。
でも、行かなかった。いや、行けなかったんだ。なんでか、わかんないけど。



「あ、お疲れ様」
「いや。…帰るか」
「ん」


鞄を持って、雅治のもとへ。
いつものルートをとおり、門を出て、私の家へ向かい歩き出す

最後だし、色々と緊張してしまって、会話は無いに等しかった。
そうこうしているうちに、家に ついてしまった


「あ、あの まさは…」
「今日で終わり、じゃの」
「っ」
「…今までありがとさん、


…なんで。

なんで、そんな もう、終わりみたいな。


( ああ、そっか )


終わりなんだ。雅治にとっては。


( あたしが、バカみたいな勘違い してただけなんだ )


「それで――― 「はい!」 っ?」
「誕生日おめでとう、まさ…、仁王!楽しかったよ。元気でね!」


なんだか無性に悲しくて自惚れてた自分が恥ずかしくて気持ち悪くて。
プレゼント―――昨日買ったリストバンド―――を押し付け、家の中へ逃げようとしたら、

「っちょ、待て…」

腕をつかまれて、阻止された


「何で、そげんこつ言う?何で過去形なん」
「っもう終わりじゃん!あたしたちもう、何も関係ないじゃん!仁王もそういったでしょ、今…!」


言っているうちに、悲しくなってきて、耐え切れず涙が溢れ出す
それを止める術を知らなくて、あたしはボロボロと涙を零した


…」
「…」
「……あんな、
「…」
「俺はな…ニセモノの恋人期間は終わったけど、これからしゃんと付き合ってて言おう思たんよ」
「…え!?」


涙が引っ込んだ。
ただ目を見開いて 困ったように笑う雅治を見る


「スマンのう…誤解させてもうたんじゃの」
「…っ詐欺師…」
「さっきのは無意識じゃ。
 ――――……で、返事は?」


分かってるくせに、アンタは聞くのか。この性悪詐欺師めが!

でも、


「…ハイ」


好きになっちゃったんだよ、バーカ





本当に、お互いに予想外の恋だったんだ


( ただ、丁度いいと思っただけやった )
( ただ、まぁいいかなと思っただけだった )





七日だけの恋人は終わったけれど、これからは “本当の恋人”を始めよう


好きだと思う心があるなら、きっとまた 始められるよ。




By [Love Mistake.] 紫陽 華恋 (200000HIT御礼企画作品)