絡み合った視線、近づいてくる 形のいい唇 愛しい彼から顔を…、目を逸らす術を、私は持ち合わせてなどいなかった。 私には夫がいる。結婚して一年半だ 勿論愛しているし、毎夜とまでは行かなくとも子作りにだって励んでいる。 じゃあこの感情は何なのかと問われれば、どう答えたらよいのか分からない 強いて言うなら、愛しているのではなく、好きなのだ。たとえば中学生の恋愛のような、そんな気持ち 私は一年前この職場に転職してきた。概婚だとは言っていないし、聞かれてもいない。 ――― それが、悪かったのかも知れない。 「はじめまして!切原赤也っス!社会人一日目ですがどうかよろしくお願いしまっす」 彼がこの職場へ来たのは半年前。明るい笑顔が印象的だった 半年ぽっちとは言え彼より先輩で彼以外では一番下っ端な私が彼に仕事を教えるのは、もはや必然的なことだった 「切原くん?あなたが仕事を覚えるまでの間 お世話をさせてもらうことになった不二 です」 「あ、よろしくっス!サン」 「( 名前呼び…。まぁいっか )じゃあ早速教えるわね」 「ハイ!」 元気がいいな。そう思ってふふっと微笑むと、彼も嬉しそうに笑った。やはり、明るい笑みで。 ( あの人もよく笑顔を浮かべるけど…っていうか浮かべてるけど、全然違うタイプの笑顔だな… ) 夫とは全然違うタイプのようだ、と自身で納得し、私は切原くんに仕事の内容を教え始めた あれから、半年。 切原くんは勿論仕事もカンペキに覚えて、寧ろ私より断然上手いくらいなのに、彼は毎日私に話しかけてきた。 …私だって、伊達に人生四捨五入30年生きてない。彼が私に好意を寄せていることくらい分かった ――― そう、そんな彼に私の中の懐かしい感情が再び芽吹いたのも。 そんなある日 私は詰まっている仕事があり、サービス残業になるが仕方なく会社に残り仕事をしていた 偶然か、丁度切原くんも残っていて。職場に、2人きり。 「危ない」と思わなかったわけじゃない もしかしたら、どこかで喜んでたのかもしれない。期待してたのかもしれない。 私の横の、横の、向かい側のデスク。近いわけでもなく、遠いわけでもない 切原くんのデスク。 ―――おもむろに、切原くんが立ち上がった 歩んだ先は、私の後ろ。急須室だ。 コポコポ…とお茶の音が聞こえてくる。それが止まると、今度はまた足音。 かたん、と 私のデスクにお茶が置かれた。私の分も煎れてくれたようだ 「切原くん、ありが、」 お礼を言わなければ。そう思い、振り向こうとした、が それは、叶わなかった。後ろから、抱きしめられたからだ 「…俺の気持ち、分かってんでしょ?」 「…っ」 一瞬、息が止まった。 けれど背中に感じる慣れない体温に、私の体中の熱は上がっていく ( 心臓が、五月蝿い ) きっと、切原くんにも聞こえてるだろう。彼の早い心臓の音が、私にも伝わっているのだから。 そう考えるととても恥ずかしくて、慌てて私の胸の前で組まれていた切原くんの腕を引き剥がし、デスクから離れた 「…ねぇ サン」 響くような、声。 じわり、と 私の身体を蝕む。 切原くんの歩調に合わせるように、私もじりじりと後ずさる トン、と背中に当たったのは ( …!壁… ) 動けないでいる私に切原くんは歩み寄ると、後ろの壁に手をついた 逃げ場が無い 「サン」 どくん、と さっきから早い鼓動が いっそう高く鳴った この先は、聞いてはいけない。 聞いたら、 「―――好きです」 戻れない。 絡み合った視線、近づいてくる 形のいい唇 愛しい彼から顔を…、目を逸らす術を、私は持ち合わせてなどいなかった。 ただ、愛に満ちた激しい口付けを 受け入れることしか、できなかった。
目を逸らさず、そのまま ( ごめ、ん 周 助 。 ) |