気が付けば 屋上に居た
空は、暗かった
キミと出会った日のように。
ただ、違うのは水滴が堕ちてくることが無いということ
生ぬるい風
気持ち悪いなんてことはなくて、寧ろ 気持ちよくて
そう感じる俺は
嗚呼、生きているのだ と
キミと、違う世界にいるのだ と
痛い程に、感じた 。
紫陽花
“ また後で ”
そう言って彼女が目を閉じてから、数分後
…彼女の心臓は、動くことをやめた。
俺はその事実にただ立ち尽くすしかできずに 涙を流す男女と、隣で声を殺して静かに涙を流す忍足を
虚ろな瞳で、みて
フラつく足取りで病室を出て、辿り着いたのは 屋上だった
…正直、実感が無かったのかもしれない。彼女が死んだという、その事実に
「…雨…止んだ、のか…」
『あたしね、この木に住んでいられるの…梅雨の時期だけなの』
「…その通りに、なってんじゃねぇよ バカが…」
生ぬるい風を肌で感じて
そしてやっと、俺は生きているのだと実感したら
思い出したかのように、涙が溢れた
「っ…」
喪失感。
彼女は、彼女の存在は、あまりにも自分の心を占めすぎていた
「…ッ」
…まだ、
「まだ…言えてねぇんだよ…ッ」
『ずっと、貴方のことが好きだったの…
あの木で出会う前から、ずっと…ずっと…貴方だけを見ていました…』
「また 後でって…言ったクセに…」
『じゃぁ…ちょっと、休む、ね…また…後で―――――』
自分もそう言って、約束した…のに。
「約束破ってんじゃねぇよ…言い逃げしてんじゃねぇよ、馬鹿…」
伝えたかった。
この溢れるような想いを
恋情だといえば、そうだったのかもしれない
けれど、恋というにはこの想いは尊すぎた。
愛というには儚すぎて
確かにいえることは
ただ、大切だと
傍に、いたいと
たった…それだけ
「雨やどり?」
「…あ、あ」
幻かと、思った
密かに想い続けていた貴方が、私の前に現れて
「あたしは梅雨(うめ)。梅雨って書いてうめって読むの
キミは?」
本当は、知っていた
その名を呟かない日など無かったから
「…景吾。跡部 景吾」
ああ、私は今 本当にあの跡部くんと話しているのだなと思うと
無性に、その声が その言葉が その名が 愛しくて
「あぁ…キミが 噂の跡部景吾」
跡部 景吾
フルネームで呼んでいたのは、この幸せを噛み締めたかったからだ。
今、遥か届かないと思っていた貴方が目の前にいて 言葉を交わして
その瞳に、私を映してくれているのだという この幸せを
感じたかった。
「…っ…」
泣かないで
「…ッ」
泣かないで、跡部くん
「傍に…いたかった、のに」
…ありがとう、ごめんね…
「伝えたかった…ッんだよ…っ」
私も、聞きたかったな
でも、
今 ちゃんと聞けたから
…とても、清々しい気分だよ
ありがとう
「 愛しています 」
「――――― …?」
今 包み込むような温もりが 俺を
「…か…?」
…ありがとう
泣いてなんか、いられねぇよな
「前を、向きゃぁ良いんだろ」
キミと出会ったあの木へと向かった
今こそ雨は降っていないものの、数時間前までは降っていた名残で葉には雫が残っていた
キミがいた木の上に登り、キミが見ていた世界を見つめる
嗚呼、なんて
優しい。
迫り来る死を待つ中、キミはこの世界を見ていたのか?
…俺が、いる 穏やかで 愛しい世界
キミはもう、居ないけれど
キミが愛したこの世界を、俺は愛すことにする
だから
「俺を…見守っててくれよ…」
温もりが 一層 俺を包んだ気がした。
梅雨――あめ―アメ―Rain――
( 梅 雨 に 浮 か ぶ 美 し き 花 の よ う な )