暗い空に希望は無く


掴んだ腕に温もりは無かった



あったのは…静かに身体を侵してゆく、絶望と愛しさのみ



依存したい訳じゃなかった


ただ、大切だと想う気持ちに身体を委ねただけ。
































紫陽花

















































明るい陽の光もなく、冷たい空から降る水の気配もない





"曇り空 "





ただ 何となく 徒歩で帰りたくなっただけだった。










いつもならば迎えを呼んで車で帰っているのに、その日は 何故か。









…生ぬるい、緩く頬にあたる風が 珍しく心地良いと感じたからだろうか



















それは未だに分からないけれど、






その日  俺が歩いて帰る事を撰ばなかったら



















俺がお前と出会うことは  きっと、無かっただろう。



















ならば そんな疑問など道端に捨て置いて この選択をした俺を ただ、褒めよう



















お前と出会えたこの事実を、胸に刻むように噛み締めよう



























































曇り空







門を出て、学園の塀沿いに、俺の知らない細道を見つけた







何となく興味が涌いて細道に入った刹那、空は暗さを増した







 ポツ、ポツ







顔に感じた冷たさに、俺は顔を顰めた






思わず立ち止まり暗い空を見上げれば、ゆっくりとその量を増してゆく水滴。






気が付けば、それは酷い土砂降りへと変わっていた









「チッ…」









小さく舌打ちし、視界の端に見えた大きな木の下へと走った








 ―――ザアアアアアアア…








耳障りなほどの雨の音にさらに顔を顰め、木の下から空を見上げようとした、その時








「…あれ?お客さんだ」







背後から、声が聞こえた


…いや、正確には 背後の、上から。








反射的に、其方を見上げた。



つまり、木の上を。



















「雨やどり?」



















ふわ、と 彼女は微笑んだ。



一生忘れられない程、綺麗に。





細められた瞳は、漆黒だった。



















「…あ、あ」



「あたしは梅雨(うめ)。梅雨って書いてうめって読むの
 キミは?」





多分、年上。


…と言っても、高校生くらいだろうが。



彼女は再び首を傾げ、笑みを深めた


サラサラと落ちるその髪は、少し青みを帯びた黒で、一本一本はとても細かった





「…景吾。跡部 景吾」


「あぁ…キミが 噂の跡部景吾」


「噂?」





思わず顔を歪めた


学園内やテニス界、または政界などならば 俺や“跡部”の噂も聞くだろう


だが、ソイツは違った。そんな感じではなかった。


まず、同じ学園でないことは確か。…もしかしたら高等部なのかもしれないけれど


そして、テニス。…こんなに細い腕で白い肌をした女がテニスをしている訳ないだろう


政界…それも、違う気がした。


何処かの令嬢ならば、俺に媚を売るはず。…それに、令嬢ならば 木の上になんて上るはずないだろう






「うん 風の噂でね」

「風の…?」

「そう。風の。…本物の、風の ね」






そう言って、彼女は まるで風に触れるかの如く、手を宙に伸ばした


いつもの俺なら、「バカバカしい」 そう思っただろう


だが、このときだけは違った。


何故かその動作が、とても美しく思えた。


本当に、風が噂を運んできた…ほんの一瞬、本当にそう思った




(…俺らしくねぇ)






「で、お前は何なんだ?木の上なんかで 何やってんだよ」




初めて、俺からちゃんと話しかけた瞬間だった。




「…別に、何もしてないよ
 此処はあたしの家だから」




…今度こそ、頭がおかしくなったのかと思った。






「あたし、この木に住む精霊だから

 いつでも、此処に居るよ」






静寂。…というよりは、沈黙。


沈黙が、あたりを包んだ。






「…お前、」


「頭なら、大丈夫だよ」


「!…、」





見抜かれてしまった。


いつもなら見抜く側だからか、少し 戸惑った





「…そろそろ  雨、上がると思うよ。一時的に、だけど」


「、何故 そんなことが分かる?」


「あたし、精霊だから。」


「…。」





何の躊躇いも見せず彼女は自分が精霊だと尚も言った


俺はとりあえず白々しい視線を送ることでそれを否定しておいた


…けれど、










「ほら 止んだ」










本当に 雨が上がったから


俺は、拍子抜けしてしまった。



勿論、精霊だということを信じた訳では無いけれど、この女がただの変人な訳ではないと思うことにした






「雨が上がったっていっても、梅雨の季節だからね
 一時だけ。すぐに降り出すよ

 早く、帰った方がいいと思う」


「…言われなくても。」






木の下から、空の下へと移動した


歩き出す前に一度、振り返ると




彼女は、微笑っていた



















雨の中に咲く、美しき紫陽花のように。








































…第一印象は、“変な女”




















梅雨(あめ)――あめ―アメ―Rain――


( それは天使と云うより精霊と云うより、妖精という言葉の方が似合っていた )