“当たり前”を感じることが何よりも難しいことだと


キミは知っていた。


そして誰よりもその身全体で ソレ を感じていた。



だからこそ、抱きしめたいと想ったのか


温もりを、分け与えられたならと想ったのか。




細くて小さな身体は、あまりにも冷たかった
































紫陽花

















































その次の日も そのまた次の日も




水滴を落とし続ける灰色の空を見て思い浮かぶのは、




  『 あたし、この木に住む精霊だから 』




思わず熱はないか、と確かめてしまいそうな発言をした、灰色とは程遠いほど綺麗に微笑う、あの女






  『 いつでも、此処に居るよ 』






…その言葉に、偽りは無かった。




その次の日も そのまた次の日も  帰りに、迎えを呼び、車が来るまでの間、俺はずっと、その木を見ていた




そこには必ずアイツが居て、やっぱり木の上に登ってて




時々木を伝って頭に落ちる雫に何が嬉しいのか微笑みながら、寂しそうに 何処かを見ていた






( 雨なんて…ウゼェだけだろ )






頭に落ちる雫に目を細め、その水滴に手を触れ また、嬉しそうに目を細める彼女が、俺には理解出来なかった




雨など、鬱陶しいだけだ




二酸化炭素を多く含んだ水滴は、決して綺麗ではないし




雨は風邪をも引き起こすし、ブルーな気分になる奴も多いし、何が良いのだろうか






そう考えていると黒塗りの長い車が俺の前に止まった




運転手が降りてきて、俺の持っていた傘を受け取り俺が濡れないように差しながら扉を開けた




走り去る車の中 過ぎ行く灰色の景色にお前の姿だけが鮮明に浮かんでいたのを 












よく、覚えている








































「…やっぱり居るんだな」


「あ 跡部景吾」






初めて会った日から、数日後



小雨だったので、俺は歩いて帰る事を撰び、なんとなくその木に立ち寄った



彼女は俺の来訪に特に驚く様子もなく、あの綺麗な笑みを浮かべた



湿気が充満していても パサつくことを知らないその髪は、相変わらずサラサラと揺れていた






「いつも、此処で何してるんだ?」


「別に?ただ、此処があたしの居場所なだけ。
 何もせずに、時が流れてゆくのを感じているだけ」






…その言葉に 何かを感じたんだ



それは、悲しみと言っても良い 苦しみと言っても良い   けれど何より、寂しさに近い何かを。






「今 この時を生きてる。   それを感じれることが 何よりも 嬉しい」






―――その言葉を、その時は、俺はまだ 理解できていなかった。





「何だテメェ…そんな、今にも死に逝くような老人みてぇな台詞は」


「…、そうかな?」


「あぁ。」





誰もが 生きていることが当たり前だと思っていて


笑い合っていることが 涙を流していることが 誰かを愛していることが  当たり前だと思っていて




改めて生きていることに嬉しさを覚えるようなヤツは、滅多に居ない


居たとしても、もうすぐ自分は朽ちると分かっている奴だろう




…そこまで考えて、まさか と思った


けれど、すぐにその思考は捨て去った


そう遠くない未来に自分が死ぬと分かっている奴が、こんなに穏やかな表情で世界を見れる筈無いだろう





「ねぇ 跡部景吾」


「ア?」


「あたしね、この木に住んでいられるの…梅雨の時期だけなの」


「は?」


「だから…そうだな、あと一ヵ月半くらいだけしか 此処に 居られないんだ」





何を唐突に。


そう言いかけた口を、刹那 噤んだ


空を見ていた漆黒の瞳が、寂しそうに、静かに 閉じられたから。





「だから 時々で良いから

 梅雨の季節が 終わるまで


 時々で良いから…会いに来てくれる?」







返事はしなかった。




けれど、




俺の答えなど 決まっていた。




















梅雨(あめ)――あめ―アメ―Rain――


( 泣かないで。寂しいなら、俺が逢いに来るから。だから、泣かないで )