雨に濡れるキミは、あまりにも美しく


今にも消えてしまいそうな程


儚くて



消えないで、と



抱きしめる他に キミを繋ぎとめる術を知らなかった。































紫陽花

















































「最近、跡部 何や楽しそうやな」



人当たりの良い笑顔を浮かべて、ソイツ―――忍足は、俺の前の席に座った

読んでいた洋書に栞を挟み、本を閉じる

机の中に突っ込むと、未だ笑顔を浮かべている眼前の男の顔を見た




「…そうか?」

「ん。なんちゅーか…柔らこうなった」

「…………何がだよ」

「表情 と、言葉」

「…。」





俺は顔を顰めた


半ば睨むように忍足を見る と、気付いた。

…忍足の髪の色

アイツと よく似ている





「オイ 忍足」

「ん?何?」

「髪、触らせろ」

「………気色悪い冗談やめてぇや」

「冗談じゃねぇ 本気だ」

「嘘やろ…」





確かに、普通は男が男に髪の毛触らせろなんて言わない

気持ち悪いだけだ

…でも、





「狽、わぁあっホンマに触りよった!」

「五月蝿ェよ ちょっと黙れ。」





男にしては、綺麗な髪

湿気の所為で少しかさばってはいるが、それなりに指どおりもいい

…でも、やっぱり…





「アイツの髪の方が…」

「んー?何か言うた?」

「何も」













思い出したのは  梅雨を思い出させないほどサラサラしたあの青みがかった漆黒の髪。



















教室の窓は 雨に濡れていた








































部活に、生徒会



様々な理由が重なり、ここ一週間、あの木へは行っていなかった



まだ あそこへは3回しか行っていない。




『時々で良いから…会いに来てくれる?』




そう言われてから、一度行ったきりだ







「…止んでる」




部活終了後、珍しく雨は止んでいた



しかも、太陽が姿を見せている。




俺は門を出て家への道のりを歩こうとして一瞬だけ思案すると、すぐに踵を返し、“その場所”へと向かった




















一歩 一歩足を進めるごとに





キミの笑顔を楽しみにしている自分がいる





一歩 一歩近づくたびに





俺の中では、言葉では表せれない感情が胸を馳せていた。



















  ジャリ




「……居ねぇ」





大きな大木を見つめ、小さく呟いた



あの白い肌の、細い身体の、忍足のような青みがかった髪の とても綺麗に微笑む彼女の姿は そこに無かった





「…いつでも此処に居るんじゃなかったのかよ」




自然と口から出てきた言葉に、自分自身驚いた


…その声には、僅かだが落胆の響きがあったから。




「チッ…」




俺は一度舌打ちすると、再び踵を返した。


もう此処に居る理由はない。


ならば帰るまで。








  ポツ ポツ





木から出た途端、雨が降り出した


不快に眉を顰め、勢いよく走り出す


















「…跡部景吾…」







丁度そこを走り去った時、彼女がそこに現れ、俺の背を見て俺の名前を呟いたことなど知らず。








































次の日は雨が降っていた


けれど少し気になって、あの場所へ行った





「あ 跡部景吾
 昨日来てくれたよね、ありがとう。
 ごめんね、会えなくて」




珍しく木の上に登らず地面に足を付けて申し訳無さそうに微笑んでそう言った彼女に


…なんて言うか、何もいえなくなった。


本当は、いつも居るとか言ったくせに昨日居なかったことを咎めようか、なんて思っていたのに

昨日俺が来たことを知っていたこと、そしてなにより

いつもと変わらぬその綺麗な笑顔に、雑念など振り払われてしまった




「…なんで居なかったのに、んな事知ってんだよ?」

「あ、うん…あたしね、雨が降ってないと姿を現せれないんだ
 だから昨日は、木の中から跡部景吾の姿を見たんだ」

「……そうかよ」




特に、問い詰めようとはしなかった。


もしかしたら、信じ始めていたのかもしれない


木の精だとかいう、バカみたいな話を。




「雨ってね…凄く 優しいの」




何の前フリもなく話し始めた彼女に、俺は相槌さえも何も言わず、無言で話を聞くことにした

彼女はゆっくりと木から出て、暗い空の下に出た

雨が彼女の身体を濡らしてゆく光景は、美しく…どこか 儚く 見えた




「冷たいんだけど、どこか暖かくて

 …優しいの

 雨は」









「 涙を隠してくれるから 」










頭では 何も考えなかった



気が付けば、その細くて真白い腕を掴んでいて



腕の中に、冷たい温もりを感じた






「跡部景吾…?どうしたの…?」




その声には僅かな戸惑いが隠れていたけれど、然程驚いてはいなかった


寧ろ、抱きしめた俺の方が…、俺自身が 驚いていた。




「っ、…」




突き飛ばすくらいの勢いでその冷たい身体を自分から離し、荒くなった呼吸を整える




何故


何故、抱きしめた?




その時は そんなこと分からなくて




「…悪い」




そう一言呟いて、次第に強くなる雨の中を、無心に家へと駆けた




















梅雨(あめ)――あめ―アメ―Rain――


( 消えないで )