愛しかった。愛しかった。
だから、目を逸らしていたのかもしれない
自分は、愚かだった。
そんな自分を嘲るような笑みに、キミは首をゆっくりと振って
「違うよ。…ありがとう」
その言葉は…あまりにも優しすぎて。
紫陽花
あの日から、俺は来る日も来る日もアイツの元へ行って
放課後に行けない日は、昼休みにも校門を出てあの木へと向かっていた
「もう、そろそろだね…梅雨明け」
「…そうだな」
消える。
それがどういう意味なのか、あの頃の俺には到底分かりもしなかったけれど
…目を、逸らしていただけだったのかもしれないけれど。
とにかく、彼女が俺の前から姿を消す ということだけは、分かっていた。
それが厭だと思う自分が居て、苦笑する
依存したいわけじゃない。しているつもりもない。
ただ、寂しいと思う自分に、その感情は何かと問えば 帰って来る答えは
「…何も、無い」
「え?何か言った?」
「…何も」
たかが女1人
しかも、目の前で無邪気に笑って雨が降る空を嬉しそうに見つめている未だに意味不明な女に
自分がこんなにも悩んでいるのだと思うと、無性に溜息を吐きたくなった
梅雨明けは もう来週だと今朝、何気なく見たニュースで天気予報士が言っていた。
遂に、梅雨明けが迫っていた。
かつてない焦燥
なのに、自分が何を望んでいるのか、何をしたいのか分からなくて、部活をも放り出して彼女の元へと来た
「何で…いねぇんだよ」
梅雨明けはまだの筈だ
今だって、雨は降っている。
それでも、其処には彼女の姿は無かった
あの笑みも あの髪も あの声も。
「此処に…いるってか?」
木に触れた。
かつての彼女の言葉を思い出して。
『あたしね、雨が降ってないと姿を現せれないんだ』
『だから昨日は、木の中から跡部景吾の姿を見たんだ』
木の精だとか言うファンタジーな話を、信じたわけじゃなかった
…ただ、そうならば良いと。
縋ったのだ。ありもしない希望に。
……木の中に居るのなら 消えた訳では無いから。
「消えるな…消えるな…!」
消えないで
「俺の前から…勝手に消えるんじゃねぇ…っ!」
ダンッ
木に力いっぱい拳を叩き付け、成すことも無く、ただ 空を見ていた
もしキミが消えたら 俺はどうしようか
悲しい と泣き叫ぶ?哀れだ と嘆く?
…それとも、俺も消える?
「馬鹿馬鹿しい」
そうだ
自分は依存してるわけじゃない。
こんな一抹の“時”の感情など、時が経てば消え果るだろう
…消えて、くれるだろうか?
愛しい、愛しいと 今も胸は叫んでいる。
消えて欲しくないと、嘆いている。
恋でもなく友情でもないこの感情
時なんかが解決できるだろうか?
「…下らねぇ」
そうだ 下らない。
まだ、消えたと決まった訳では無いのだ
「(…探すか)」
そう思い、空から前へと視線を戻したら
「跡部」
「…忍足?何の用だ。俺は忙しいんだ」
「部活放り出してからに…
まぁえぇわ。着いて来ィ」
「?アーン?だから俺は忙しいと…」
「彼女が…」
「っ?」
「梅雨(うめ)、って知ってるやろ?
その子に会わせたる。やから、着いて来ィ」
「…」
大人しく 従った。
しかし思っていたよりも道のりは短く、学園の塀沿いの 木のあった細道を抜けると、
忍足の目的地であろう場所は姿を現した
「…病院…?」
学園のすぐ傍に、こんなものがあったのか。
「あぁ」
俺の問いに忍足は軽く相槌を打っただけで、それ以上の答えは何もくれなかった。
病院へと入り、入院病棟へと足を進める
エレベーターに乗り、3階で降りてある一室の前で忍足は足を止めた
「…入ってみぃ」
病室の患者の名前は 梅雨 と書いてあった。
まさか、と俺はノックすることも忘れて半ば駆け入るように病室内へと足を踏み入れた
「…あ…とべ…けいご…」
「お前…」
白のベッド 白いカーテン 白の床に、白の壁
その中に、白い肌をした彼女が いた
「何が、木の精だ…」
「あはは…バレちゃった」
苦笑するに、俺は「ハナからそんなこと信じてねぇよ」と鼻で笑いつつ、
心の中では 安堵した。
いた。消えて、いなかった。
「…お前、って言うのか」
「え?あ、うん」
「…忍足のこと知らねぇって言ってなかったか?」
「ごめんね、そう言えって侑士が言ったんだ」
「……侑士、だと…?」
じろり、と 忍足を睨んだ
忍足は「誤解や!」となにやら叫んでいる。
「此処、俺の親父が経営する病院やねん!
其処にたまたまが入院してきて…
俺とは元から知り合いやったから…」
「知り合い?」
「…やっぱ全然知らんのやな…はひょ「ちょっとね」
忍足の言葉を遮って、は笑った
遮られた、忍足の言葉の先には 何があったのだろうか
「…そうかよ。じゃあ、俺は戻るぜ」
「あ、うん バイバイ 跡部景吾」
遮った、つまりは聞いて欲しくないということだろう。
それだけ応えて、俺は病室を出た
後から忍足が追いかけてきているのに気付いていたけれど、歩調を緩めることなどしなかった
梅雨――あめ―アメ―Rain――
( 嫉妬なんて、 )