頬を伝った涙
そしてやっと気付く
渦巻く感情
消えないで と伸ばした手は
薬品の匂いが立ちこもった、空気を掴んだ…
紫陽花
「なぁ、跡部」
「…何だ」
「に毎日会いに行ったってるんやってな」
「当たり前だろ」
「いや…そうは思わんわ。お前は“跡部景吾”やろ?
………跡部 のこと、好きか?」
「・・・は?」
それは、予想だにしない質問だった
俺は眉を顰め忍足を見つめる
「のこと…どう思っとる?」
その瞳は、あまりにも真剣で
一瞬怯みそうになったのを、ジャージの裾を握り締めて堪えた
「…大切、だ」
コイツになら、話してもいいと思った。
自分らしくない感情ではあるけれど、彼女に向けた、確かな想いを
否
話さなければいけないと思った
「大切…か
…もし、が消えたらどうする?」
「………それは、分からない」
「そうか…
ほな、質問を変えるわ」
「…?」
忍足の真剣な眼が 俺を射止めた
「に、消えられたくない?」
1秒と、時間は経たなかっただろう。
口を開いた刹那 ポツ、と頬に水滴が当たった
「消えないで欲しい」
紡いだ言葉は 願いなんかじゃなくて、
ただの
本心。
その日の放課後も、俺は部活帰りに病院へ向かった。
…実は今朝、明日が梅雨明けだと化粧の濃い天気予報士の女が言っていた
だから、忍足も急にあんなことを問うたのかもしれない。
いつもの様にエレベーターに乗り込み、『3』のボタンを押す
重力に逆らって上へ行き、もう行きなれた病室へと足を進めていた
―――そう…いつも通りに…
バタバタバタ…!
慌てた風の看護士が俺の横を通り抜け、追い越して行った
そしてあろうことかその看護士が向かった病室は、
『梅雨 』
「――――っ!」
俺も同じく駆け出す
看護士が勢いよく開けて入って行った扉を開け、中へ足を踏み入れる
「梅雨さんっ!大丈夫ですか!?」
白のベッドに横たわる彼女は、苦しそうで
今にも消えてしまいそうな…
「っ…!」
俺の声が聞こえたのか、は此方を向いた
と言っても、首だけだけれど。
虚ろな目で俺の姿を捉えると、苦しいだろうに、ふっと 微笑んで。
その笑みさえも、綺麗で。
「ちょっと失礼します!」
いつの間にやら車輪付きのベッドに乗せられていたを連れて、看護士が俺の前を走り抜けていく
俺はたまらずにその車輪付きベッドと共に走り出して
「…っ」
ひたすらに、名前を呼んだ。
この想いが 届けばいいと。
「…跡部、景吾…」
が ゆっくりと言葉を紡ぐ
「ううん、跡部くん…」
酸素マスクごしでも、小さな声でも、俺の耳にはその言葉しか入ってこなくて
「知ってる…?あの木の上ってね…
跡部くんの教室が見えるの…」
騒がしい辺りの音が、すべて消えうせて
「跡部くん、窓際の席だから…ずっと、ずっと見てたの…」
彼女の白い頬を、暖かい雫が伝った
「ずっと、貴方のことが好きだったの…
あの木で出会う前から、ずっと…ずっと…貴方だけを見ていました…」
「―――っ…」
伸ばした手は ただ、虚しく空を切った
梅雨――あめ―アメ―Rain――
( ひっそりと抱かれていた恋心に気付くことも無く )