どうか勇気を


この手に




「わーかし」
「…か」


もう陽も落ちきった秋のはじめ。
少し帰りが遅くなってしまったために少し急ぎ気味に家の門を開けると、聞こえてきた声。

声の方を見ると、思ったとおり隣の家に住む幼馴染がいた。

はふふ、と昔から変わらない笑みを浮かべると、「夕食後にちょっと、いつもんとこ来てよ」とだけ言い残し、
自分の家に戻っていった。
俺は特に追求することも無く自分も家に入り、「ただいま」と呟くように言うと靴を脱いで家に上がった



夕食後、俺は言われた通りに゛いつもの場所”に向かうため靴を履き、外に出る
門から出て、少しだけ歩く

そしてたどり着いた、小さな公園。

ここが俺とにとっての゛いつもの場所”。


「ね、わかし」
「ん」
「あたしね、凄いと思うんだ」
「何が」
「人間みんな違う考え持っててさ、満足もあれば不満もあって」
「…( 俺の言葉は無視か )」
「それを1つにまとめあげるのはさ、本当に大変だと思うんだよ」
「…」
「どれだけ下手くそでも、それができるのは凄いと思う。できるって言われただけで、凄いと思う」
「…」
「200なんてさ、めっさ多いけど。わかしはさ、できるんだよ、できるって、言われたんだよ」
「!」
「そう、託されたんだよ。あんたがずっと尊敬してた、あの人に。」
「…」
「それにね、幾ら副部長がいなくたって、あんたを助けてくれる人はいっぱいいるんだよ」
「…」
「鳳くんも、樺地くんも、もちろん あたしだって。テニスのことなんてなんも分かんないけど、愚痴くらい聞ける」
「…っ、」
「だからさ、大丈夫だよ。わかし

 できるよ、テニス部の部長。っていうか、あんたにしか、できないよ」


胸につっかえていたものが溶けていくようだった

そう、俺は不安だったんだ
分かっていたけれど。次期部長に任命されるだろうことは。
それでも…氷帝テニス部200人の部員を背負って立つこと。
それは凄く大変なことだと、引継ぎの作業をしていて痛いくらいに思い知って。
柄にも無く不安になったりもしていた。
でも俺は意地っ張りで見栄っ張りだから、同級生にそんなこと言えなくて、にだって隠してたのに

こいつは、見透かしちまうんだ。その純粋な綺麗な瞳で、全部 全部。

――――― そう、俺は勇気が欲しかった。小さくてもいい、確かな勇気を。


「…ありがとう」


星空を見上げて小さく呟いた言葉は、に届いただろうか。

恥ずかしくてそちらを見ることは出来なかったけれど、
なんとなくの雰囲気が優しくなった気がしたので、届いたということにしておこうと思う