「…、」

仁王は夜、寝苦しくて目が覚めた。
ベッドの横にある棚の上に置いてある、ボゥ…と怪しげな光を放つデジタル時計を見れば、
時刻は丁度丑三つ時。―――午前二時、だった

(…暑い )

そもそも目が覚めた原因は暑さにある。
タイマーを設定しておいたクーラーが、時間になって切れたのだろう。
仁王はよく、こんな理由で夜中に目が覚めていた

( 丑三つ時、か…。まぁ、ウチには浄霊師さんがおるしの )

もし、霊がきたとしても大丈夫だろう。
…尤も、この家には一応簡単なものであるが、結界が張ってあるが。
――もそのことには気付いていると想う。
家に一歩踏み入れた瞬間、一瞬だけ表情が変わったのを、仁王は見逃さなかった。

「…何か飲むか…」

このままではとても寝られない。
ベッドから降りて、6畳の自分の部屋から出て、キッチンへと向かった。
冷蔵庫に入っていた1リットルペットボトル入りの水を咽喉に流し込んだ

潤ってゆく。
咽喉が。身体が。

「ぷは…」

幾分かマシになった。

仁王はペットボトルを冷蔵庫に直すと部屋へ戻ろうと踵を返すが、
フと声が聞こえて立ち止まる

「( …霊? )」

―――…いや、違う。

…?」

が寝ているのは客室。
まぁ勿論のこと、仁王のオレと一緒に寝る?提案は受理されること無く、彼女は勝手に客間に居座ってしまった

仁王の部屋の隣に位置する客室。
少しだけ開いた扉の隙間から、声が漏れている

「…しの…目…私…やらな…ゃ」

呻くような声。
仁王は静かに扉を開けた

「……!?」

彼女は呻いていた。
ベッドの上で、もがいていた。苦しそうに。

…どうした」

揺すっても起きる気配はない。
悪夢を見ているのなら起こすのが一番なのだが、どうやらそれは無理らしい

「( …どうしたもんか )」

とりあえず近くに置いてあったタオルでの額に滲んだ汗を拭き取る
そのまま苦しそうに歪むの顔を見つめていると、また 寝言のようなものを喋りだした

「救わ、きゃ…私…役目…私の…使命…たしの……うんめ、い」

それが 繰り返される。
ただ、『 救わなければ。私の役目。私の使命。私の運命。
そう、連呼するだけ。


「……」


仁王はどうすることもできずに、暫くそこに立ち尽くした挙句、頭を撫でてやった
少しだけの表情が安らいだのは、気のせいだろうか。


「……休め。今は…安らかに」


仁王はの手を握った。否、包んだ。
その、自分より一回りも小さい手を。



仁王が他人にこんなことをするのは初めてだった
他人は勿論、テニス部の仲間にさえ、あまり干渉せず、気遣わない
所謂、“冷めた人間”だった

だがと出会うことで、たった一日で、こんなにも他人を思いやる心を取り戻した。
それはが自分と似た立場にあったからか、

それとも―――…



今 日 も 夜 は  更 け て い く 。





BACK / TOP / NEXT