「…ん、」

朝、はカーテンから差し込む陽の光で目が覚めた
部屋に設置された掛け時計を見れば、時刻は7時。

「…」

は上半身だけ体を起こすと、自分の手を見つめた

「( …あったかかった、きがする )」

いつも見る悪夢。
けれど、内容は覚えていない。
毎夜毎夜うなされて、いつも目覚めは至極悪いのだ ( ――…そう、私1人だけの家で、1人、うなされて… )

でも―――…

今日の朝は、とても気持ちがいい。

「( 誰かが…手を包んでいてくれたような気がする )」

“誰か”
そんなもの、この家は仁王の家なのだから仁王以外にはありえないのだが。
そう考えると、これは気のせいだと感じてしまう。
…なぜなら、には分かっていたからだ

( あの子は冷たいコだ。今回の件はきっと気まぐれ。暇そうだったし )

だから、この温もりもきっと気のせいだ。
そう、気のせい。
薄い意識の中で頭を撫でられた感触も…きっと。

( …それより、何か良い匂いがする )

ふとそう感じ、は適当に身だしなみを整えると、( と言っても部屋に洗面所があるわけないので髪を梳いた程度 )
パジャマ姿のままリビングに出て、そのままダイニングに向かった
食卓の上には、1人分の朝食が用意されていた
( 因みにメニューはスクランブルエッグ、ウインナー、味噌汁、白米だ )( 見事に和食と洋食が混じっている )

「…え、嘘…」

一瞬思考がフリーズしてしまったが、よくよく見ると朝食の横に紙切れがあったので、それを手にとって見る。
…思った通り、仁王の書置きだった


部活行ってくる
昼食までには帰るから、待っとけ

PS.朝飯、冷めてたら温めて食べんしゃい。きっと美味いぜよ



「…。」

…やはり、この朝食は仁王が作ったもの。

「…折角だし、食べよう」

食卓に座り、一人「いただきます」と呟いてちゃんと用意されていた箸を取った。
まだ暖かかったので、そのままとりあえず味噌汁を啜ってみる

「――――…………美味しい」

意外だ。とても意外だ。
でも彼なら何でも出来そうな気がする。それに1人暮らしなのだから、料理ぐらいできて当たり前なのだろう。
そう自己完結して、スクランブルエッグに箸を伸ばした

…こんなにまともな朝食を摂ったのは、とても久しぶりな気がする。

「ありがとう  …仁王くん」

ぽつりと呟いた言葉を、彼が帰ってきたらちゃんと本人に伝えようと、味噌汁を啜りながら、小さく思った










「…暇だ」

よくよく考えれば、昼食までに帰るということは、お昼頃になるまで自分は他人様の家で1人、というわけだ。
幸い、この家には結界が張ってある。
無用な問題には巻き込まれないであろうが、寧ろ余計に暇だ

( 探検していいかなぁ )

探検と言っても、この家のみだが。
しかもリビング・ダイニング・キッチンのほかに、部屋は3部屋しかない。
探検も何も無い、が…

「詐欺師と呼ばれる彼の部屋を調査できるチャンス…!?」

そう言葉にしてみると、とてもワクワクしてきた。因みに詐欺師というあだ名は丸井くんに聞いた( 彼は楽しい )
少し探偵になった気分で、そろーりと彼の部屋のドアノブに手を掛ける

「( ごめんね仁王くん!ちょっと興味が出ただけなの!ちょっと何だか苛めてくるキミの弱みを握りたいだけなの! )」

言い訳になっていない言い訳を心の中でしながら、は遂に扉を開いた

瞬間


ヒュォオオ


「!!?」

冷たい、霊気。纏わりつくような。…とても、強い。
でも霊の気配は無い。つまり―――…

「( 仁王くんの霊気…!?部屋に充満するほど彼は霊気を持ってるの…? )」

それに、ここまで冷たいなんて。

少し驚きながらも、彼の霊気で満たされた部屋に足を踏み入れた。
…殺風景。
シルバーと黒で統一されている。散らかされてもいない。
机と、クローゼットと、ベッドと、棚とその上にオーディオやら何やら…、そして本棚。
そこには少量だけれど本が直されていて、はそこに気を引かれた。
…オーディオの隣に置かれているテレビの上に置いてある写真立てには 気付くことは無く。

―――…そう、彼女は気付かなかったのだ。
その写真立てに飾られた写真に仁王と共に写っていた、“ 彼 ”の存在にも―――…


ガチャ…

「ただいま」


「!!!!!!!」

ヤ バ イ 。

予想外に仁王は早く帰って来たらしい。
は本棚の本を物色するのに夢中で気付かなかったが、時刻はもう10時半だ
あれだけ朝早くに出て行ったのだから、これくらいに帰ってくるのは妥当だろう( 学校もないのだから )

は慌てて本を元の位置に戻すと部屋を出て、リビングのソファに座った。
幸い仁王の部屋は玄関から1番遠い場所にあるし、位置的にも見えない。
案の定仁王はが部屋に不法侵入していたなんて知らずに、ソファに座り域を荒くしているを見て首を傾げた

「…なんで、息切れしちょるん」
「ちょ、ちょっと…エアロビクスをしてて…」
「ふーん…」

…しかし、詐欺師と呼ばれる男。
そう簡単には騙せない。
着替える為に部屋に入るのだが、何か違和感が感じる

「( …? )」

着替えを取り出すため、クローゼットを開けた
クローゼットは、本棚の隣。
勿論それは、否応無しに視界に入ってくるわけで。

「…!」

本の並び方が、違う。
普通の人ならば作者の名前のあいうえお順に置いたりするのだろうが、仁王はタイトルのあいうえお順で並べていた
それが名前の順になっている。

か…! )

仁王は焦る。
問題は、部屋に入られたとか、霊気の強さを知られたとか、そんなことじゃない。

ちら…と、仁王はベッドの横の棚を一瞥した

…そう、問題は

( あの写真を見られたか、見られてないか… )

あの写真をに見られては、まずい。
具体的にはどう表せばいいのか分からないが、とにかく まずい。

!」

バアンッ

扉を勢いよく開けたため、はびっくりしてソファの上で飛び上がった

「な…何?」

( まさか…部屋に入ったのがバレた? )

その通りであるのだが、仁王の目的はそんなものではない

「お前…部屋に入ったな?」
「( 標準語!? ) ハ、ハイ」

何で年下である彼にお前と言われたり敬語を使わねばならないのだろう。
でも、今の仁王はそんなことが気にならないくらいに迫力がある

「何か見たか?」
「…え?」

部屋に入ったのを怒られるとばかり思っていたは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
まじまじと仁王を見つめる

「何か見たかって聞いてるんだ」
「( 標準語怖い!標準語怖い!聞きなれてるし自分も使ってるのに今はとてつもなく怖い! ) ほ、本棚を…」
「……それだけか?」
「ハ、ハイ」

「…そうか。悪かったのぅ。…けど、勝手に人の部屋に入るのは感心せんぜよ。
 部屋に入りたかったら俺に一言言いんしゃい。いくらでも見せたるから」
「うん…そうだね、ごめんなさい」

シュンとなるに( 半分は罪悪感でなく、話す言葉が仁王語に戻ったことにホッとしている )仁王は
「やっぱり年上には見えん」と思いながら、その頭に手を乗っけて、撫でた

「まぁいい。…とりあえず、出かけるか」
「え、どこに?」
「スーパー。昼飯の材料買わにゃならん」

そこで、は思い出した。
財布を持って既に玄関で靴を履いている彼に走り追いつき、その背中に向かって口を開く


「朝食有難う仁王くん。すごく、美味しかったよ。」

…あと、


一晩中手を握っていてくれて…ありがとう。


気のせいかもしれない。だから、それは自分の心の中でそっと呟いた。

そんな私に、彼はその言葉をも聞こえたように、


「気にしなさんな。オレの意志じゃ」


…ただ、そう 言った。


その日から棚の上にあった筈の写真立てが姿を消したのは…仁王だけが知ることである





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